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月刊なび129号より 「選手と観客」を超えるのが公務員改革と思ってきたが
 投稿日時: 2017/11/01
 元々、小泉政権時代の竹中平蔵さんが流した風説だと思うが「公務員は多すぎるし、賃金は高すぎる」を土台に、橋下さんのおおさか維新は、無駄をなくす行政改革の象徴として公務員を叩き、見事に「ふわぁっとした民意」を掴んだ。戦い済んで何とやら、日本の公務員数はOECD(経済協力開発機構)平均をうんと下回るほど少ない。相対的に賃金は高かったが、大阪が象徴するように、今では随分引き下げられた。そのためか、大阪は教員も思うように採用できず、人材はよそに流れている等々、何だか真逆の「公務員少ない説」が目立ってきたように思う。ボクは、公務員改革に共感した一人だが、多いとか少ないとか、そんな議論じゃなかったはずだと思う。橋下さんはシャープでスピーディな政治家だったが、清涼飲料水みたいなもので、喉元過ぎれば忘れてしまう。そんな風にあの改革を終わらせられたらたまったもんじゃないと思うから、もう一度この問題をおさらいしておこうと思う。
 橋下さんが、公務員問題で、口は悪いが的を射ていたのは、一つは、例えば家庭ごみの回収や地下鉄など、公務員でない方が効率的だし持続性がある業務を、漫然と維持するのではなく改革するという方針だった。ボクは賛成で、問題はその移行のやり方だと思っていた。二つは、時代に合わせて公務員の配置を変える、その場合、非公務員でも良いという方針で、ボクはこれも賛成で、就労支援などの新しい課題に対応すべきだと思っていた。だが、前述の教員の例のような失敗もあった。三つは、これが一番重要だと思ったんだが、公務員と市民の関係を「選手と観客」の関係から改革することだった。公募校長、公募区長や西成特区構想には、そうした意欲が感じられた。好き嫌いは別にして、橋下時代に大阪市のNPO等の市民活動は活発化したと思う。
 ところで、橋下さんが去ったいま、改革はどうなった? 初心は貫徹してほしいものだが、家庭ごみの民営化の熱意は吉村市長には感じられなくなった。改革には失敗もあって、例えば韓国でもいったん民営化・非正規化に偏ったソウル市の職員を正規職員にした。大阪市も非公務員職員や委託職員を正規職員にし、教員の待遇を改善して戦力アップを図ることは、改革の失敗というより改革の継続だとボクは思う。
 さて、「選手と観客」の関係からの脱却はむしろ逆回りしているように見える。都構想にこだわり過ぎて、「選挙(で選ぶ)に勝る民意(参加)はない」としつこいほど繰り返され、市民はただの観客からは一皮むけたかもしれないが、「投票権を持った観客」に過ぎなくなった。だから、いま、特別区か総合区か、はたまた今のままか、議会の議論も市民に打てど響かない。プロセスに関心を示さず、結果にだけコミットする、それが住民投票ややり直し選挙の悪弊だったら、橋下さんは罪なことをした。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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