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月刊なび 155号より 20 周年を迎えたエル・チャレンジ
 投稿日時: 2020/01/22
 エル・チャレンジが創立20年を経過し、昨年11月に記念行事を開催することができた。せっかくのことだから、「これまで」と「これから」を、とくに大阪の都市政策と関連づけて記しておきたい。
 エル・チャレンジ創立の1999年の頃、様々な意味において転換の時
だった。一つは、障がい者雇用のなかでも遅れていた知的障がい者の雇用にもようやく光が当たり始めていた。そこに、「働く意欲は、働くことから」と、知的障がい者雇用の核心をつくようにエル・チャレンジは登場した。二つは、雇用対策法の改正(2002年)で注目が集まりはじめた自治体の雇用政策に、エル・チャレンジは先駆けた。「社会的援護を要する人々への社会福祉のあり方に関する検討会」報告書(2000年12月)よりも以前であった。三つは、同和対策法の終結(2002年)を目前にした同和行政改革を進取するものでもあった。ボクは、当時部落解放同盟大阪府連の役員でもあったが、同和対策で就労していた同和地区の人々が施策の変更に応じてくれたことに感謝した。四つは、当時すでに大阪府は財政危機に直面
していたが、当時の府職員の真剣さは秀逸であった。エル・チャレンジは行政改革を先駆けるものでもあった。
 エル・チャレンジが飛躍したのは、2003年に大阪府が総合評価入札
制度を導入した時であった。その意義は、一つは、この入札制度改革によりエル・チャレンジとビルメンテナンス業界との協働が飛躍的に進んだこと。「福祉と市場」の協働は当時まったく珍しいものだった。その後に欧州や韓国で公共調達を社会的価値実
現に活用する法制度改革が実行されていくのだが、大阪は10年先を走っていた。二つは、総合評価入札は、横山ノックさんから吉村洋文さんまで5代の知事によって、時に厳しい詮議を受けながらも継承され、再評価されてきたこと。いわば「改革のロングセ
ラー」となったことの意義は大きい。三つは、この入札改革も一つのシンボルとなって、「社会的企業」という新しい発想が芽生えてきたこと。都市公園管理にNPO 等が参入したのもそ
の表れだった。
 そして、「これから」だ。2016年4月、大阪府はハートフル条例を改正、施行した。その意義は、一つは、公契約の入札を福祉の増進に活用することを条例化したこと。国連が定め
たSDGs(持続可能な開発目標)の「12-7(持続可能な公共調達の推進)」を日本で初めて具現化することになった。二つは、「職場環境整備等支援組織」という労働市場での中間支援組織を条例で「認定」したこと。地域社会に地域福祉のソーシャルワークが求められているように、労働市場でもソーシャルワークが必要であること
を、実例と共に宣言したことの意義は大きい。口幅ったい言い方だが、それは、雇用率を改竄した国の省庁が、大した反省もなく「就労支援なき駆け込み雇用」で過ちを上塗りしているこ
との対極にあった。三つは、大阪都構想の是非はともかく、大都市おおさかの都市政策を構想するにあたり、公契約のあり方、とくに公契約における市民力の活用は重要なテーマであり、条例はその問題提起を成したと評価できる。
 かくして、エル・チャレンジは20年の時を刻み、ハートフル条例はスタートした。障がい者雇用、人権運動が先に帆を上げてくれていたからこそ、大阪の共生の都市づくりが大海に船出することができたのかもしれない、いつかそう言われたいと思った。

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