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月刊なび166号より 住民投票が終わった
 投稿日時: 2020/11/30
住民投票は「大阪市を廃止、特別区に四分割」することの賛否が案件だったから、これはもう「チャレンジ(革命のような)」だった。だから普通に「無謀」だった。それを5年越しに2度も挑み、直前まであわやと体感させたのだから驚嘆もしたが、実際は悪夢だった。結果は「今のまま」。
 二度の僅差に勝因敗因を探ってもあまり意味はないし重箱の隅になるから、淡々と受けとめたらよい。ボクは、住民投票にまで至らないようにするのが政治の責任で、大阪市を残したままの「総合区」で妥結するのが良いとずっと思ってきた。ここまで動かすのに維新は百の力を要したのに比べ、十の力で止められたはずの議会に算段はなく「革命」は「暴走」した。今でも、ひょっとして市長と議会が互いに反省し、総合区で急転合意、なんて微かな期待も持つが、それは夢のまた夢。以上が住民投票へのボクの感想だ。
 それはそうとして、住民投票のこぼれ話、いや「拾い話」を二つ三つ。まず外国籍市民の投票権の有無が市民運動になった。これは拾うに価値があるし、住民投票の根幹にある隠れたテーマだ。物騒な話になるが「三度目の住民投票」の動機になるかも。
 「拾い話」の二つ目は、反対の論拠の一つになった介護保険の一部事務組合化。簡単に言えば、特別区から独立した介護保険の役所を作り議会も設置すること。それでは特別区の介護は他人任せになるという危惧が出た。いっそ、一部事務組合なんて言わずに「介護は別の議会で」と発想を変えて、住民参加を構想したらどうなんだろうと夢想した。
 三つ目は、障がい者団体等から示された「特別区で福祉は下がる」という危惧。都市は多様な分、福祉が不安定になるというのなら、何らかの仕掛けがあっても良い。大阪府は「行政の福祉化」と称した障がい者雇用のハートフル条例で市場への規制を効かせてきた(民営化だけでない市民営化の視点)が、「都市福祉化条例」のようなものがあればと思った。
 四つ目は議員の定数問題。特別区議会は少数の議員で寡占化して民意から遠ざかってしまうと懸念された。これは御意で「維新は抜かった」と思った。住民投票に至った市議会は思っている以上に「手薄」なのかもしれない。現行でも、24行政区を選挙区にしなくても良いのでは? 総合区なら話は早いのだが、複数区域を選挙区に変えて定数も増やすというのは不可能なのかなと思った。
 学識者には橋下改革以来の大阪の試みを「失われた10年」「茶番劇」とまで揶揄する人もいた。豹柄服の女性に「いらんことせんといて」と言わせた政党もあった。行政精通者や学識者の意見は傾聴に値し、協定書はあまりに杜撰だったとボクも勉強になった。それでも大阪市はチャレンジしなければならないと思い続けた。次々と「拾い話」が湧いてくる住民投票の経験となった。
 以上が住民投票翌日のボクの感想だ。

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