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月刊なび147号より おおさか改革は次のステージへ
 投稿日時: 2019/05/01
 前代未聞のダブルクロス選挙は維新の圧勝に終わった。能天気なボクは、大阪府議会が総合評価入札を制度化した障害者雇用条例(ハートフル条例)改正案(ボクはユニバーサル就労条例と呼称してきた)を可決してくれたことを喜んでいた。また、松井知事が改正人権条例へ踏み込んでくれたことも評価していた。打ち明けた話、これという失点もないし、松井知事は再選されると思っていたが、突然の辞任となった。
 始まってみると、選挙戦での維新の主張は分かりやすかった。①府と大阪市は二重行政になりがちだから1つにした方が良い、②市民サービスは住民に身近な区に任せる、③民間企業にできることは委託した方が効率的、④保育教育無償化や地下鉄民営化、区役所への権限委譲など改革は進行中、⑤民意は多様だから最後は選挙や住民投票で決める、⑥バラバラの選挙は非効率だから「4重選挙」にした。
 それ自体は間違ってないかったし誇張でもなかった。ところが、①1つにするあまり政令都市の力が弱くなってしまう、②分権には市民参加が不可欠、③ちゃんとした民間に委託するためのルールが必要、④教員不足など改革には修正も必要、⑤選挙や住民投票は万能ではなく少数意見も尊重する、⑥回り道でもルールは守るべき、という当然の疑問に答えようとすると、話は少しめんどうになる。
 柳本候補はその「めんどうさ」を引き受けようとした。社会問題が輻輳する西成の出身らしいと肌で感じた。しかし、柳本候補を応援する政党陣は「めんどうさ」を逃げた。「維新は性悪、都構想は廃案しかない、維新を潰すチャンスだ」と逆の意味のシンプルさでちゃぶ台を返したから、贔屓の引き倒しだった。
 奇しくも、ボクは前号の「いい湯かげん」で、「ボクに任せて」という橋下さんに共鳴する知人女性に、「市民参加は(そんなに)めんどうか」と問答したと書いた。維新側も反維新側もめんどうさから逃げた空中戦は、あろうことか改革vs反改革に曲解され、当然のように改革側の圧勝となった。柳本候補は言いたいことの半分も言えないまま敗者となった。
 最初から劣勢の選挙となったので、ボクは「都構想の対案は柳本」と発信し、選挙の目標を「市会に市民会派を」と定めた。柳本さんが「維新もまた民意」「公募校長は見直す」と都市構想や教育政策をちゃんと議論しようと語りかけたのは良かった。
 軒並み応援する候補が落選するなかで、武さん(生野区)と松崎さん(住之江区)の無所属候補が接戦を勝ち抜いたのは朗報だった。無所属議員が「めんどうさ」を引き受ける架け橋になるかもしれない。在野とはいえ見識の高い柳本さんの発信も欠かせない、総合区を提案している公明党には先見がある、ボクはそう期待する。松井新市長も、分権のための合区とか、万博と重なる出費、ましてや実際に大阪市をなくすのがどんなに「めんどう」か覚悟しておられると察する。
 これだけの時間、経費、敵味方に分かれた論戦が無駄にならないことを祈る。「大阪市を残した都構想」「市民が参加する改革」、そこに人権や福祉が輝く、そんなおおさか改革の次のステージを期待したいものだ。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび146号より 市民参加は面倒くさいか
 投稿日時: 2019/04/01
 この拙稿がお目見えする頃には統一地方選も終わっている。残念なことだが、大阪の主役はまたまた維新だった。歯痒い思いをしながらボクは振り返った。
 橋下さんの人気が最高潮だった頃、「冨田さんはいつも市民参加と言うけど、私は自分ではやりたくないし、時間もないから、高い税金を払って公務員や議員に任せているつもり。ボクに任せて一票入れてくれと言ってる橋下さんの方が分かりやすい」と、知人女性は語った。あれからもう8年かな? 次第に橋下さんの言は「ボク」が「ボク達」になり、大阪では強靭な橋下チルドレン、維新議員達が跋扈した。知人女性には満足な8年だったのだろうか、今度も維新に投票したのだろうか。
 知人女性はどっちでも良いと言っていたが、もう一つの橋下さんの分かりやすさが大阪都構想だった。しかし、都構想は、分権はそっちのけで、次第に市場頼みの虚言に変質した。幸いにも、インバウンド景気や安倍さんが取り込んだ教育無償化に、大阪万博というある種の「外因」が橋下維新の虚言を救った。維新は強運だった。
 しかし、皮肉にも「一票」が維新を袋小路に追い詰めた。選挙マジックが擦り減りはじめ、「もう11月(知事・市長の任期)まではもたない」、ただそれだけが理由の前倒しクロス選挙になった。維新は味噌をつけた、ボクはそう思った。
 一方で「市場頼み」も翳りを見せ、公共サービスの民営化も疲弊し始めてきた。効率性を重んじる民営化に、ボクは当事者性を活かせる「市民営化」を対案化してきたが、現場は羅針盤のないまませめぎ合っている。外国を引き合いに出した「再公営化」なんてのも出始めた。都構想の各論がきわめて乏しい維新は、次第に現場の議論から遠ざかった。この問題を今度の選挙の争点にしようという政党はなかった。
 ボクはかの知人女性にまだ返答していない。
 外交と医療と年金以外の公共サービスはすべて自治体が担っているのが日本の仕組み。当然、自治体のサービスは増えるし、その内容も変化する。あまりに小分けされた自治体の単位では非効率にもなるし、専門性も追いつかなくなる。一方で大阪市のような大都市では目が届かなくなるし、不公平も生じる。都構想などの制度変更の議論が起こる所以がある。
 しかし、そのサービス一つひとつを解析していくと、やり方一つで随分満足できるものにすることもできる。その総論に分権とか自治体共同とかの制度論もある。自治体というのはまだまだ未開拓な分野で、市民は思わぬ幸せを得られるかもしれないし、その逆もある。そういう思考回路のことを「市民参加」という。ボクの説明はまどろっこしいが、8年経って、かの知人女性に話してみたいと思った。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび145号より 「共生雇用率」なんて夢を見たい
 投稿日時: 2019/02/28
 2月16日と17日の2日間、大阪で「ソーシャル・ファーム・ジャパンサミット」が開催された。大阪府議会で「ユニバーサル就労条例(仮称)」が審議されている最中の時機を得た催しだった。
 国の省庁による前代未聞の障害者雇用率の改竄は、厳しく糺されなければならない問題である。しかし、その解決策が雇用率さえ達成すれば済むという「駆け込み雇用」であっては絶対ならない。この際、省庁での障害者雇用が共生社会への先駆になって欲しいと思うから、ボクは「共生雇用率」なんて試論を提案している。
 ユニバーサル就労条例の骨格となるのが総合評価入札で、その配点は、価格50点、技術14点、環境6点、福祉30点の百点満点。とくに福祉の内訳に注目して欲しいのだが、①雇用率は最大6・6%(法定雇用率の3倍)まで加点され、②契約当該現場の雇用率は20%(法定雇用率の10倍)が最高点で、5人に1人は障害者が働くことになる。③就職困難者つまり非障害者の雇用にも加点され最高9点。④それぞれに支援メニューと経過観察も審査される、つまり企業の就労支援力、雇用管理力が評価される。
 どうだろう、「共生雇用率」がどんなものか想像してもらえないだろうか。発注者と受注者が対等な関係で、障害者雇用も含む契約を結ぶビジネスモデルなの
だが、それは共生社会モデルを先取しているとは言えないか。しかも、それが⑤もう15年続いてきたということ、また、15年の実績を検証して⑥公共現場の先駆を条例によって民間現場にも広げようとしているということ、省庁にはここにも注目して欲しいものだ。
 ところで、大阪方式の総合評価入札の導入は15年前なんだが、聞くところによると、EU(欧州連合)議会が「留保契約(競争を留保してでも社会課題を優先するという意味)」を明記した公共調達指令を加盟国に発したのは2014で、オランダが「社会的便益(つまり総合評価)」を定めた公共調達法を制定したのは2012年。入札改革は大阪方式より10年遅れたが、法律や条例になったのは日本より先行している。お隣の韓国も近く「社会価値法」として法律になるそうだ。そういえば、随分前に英国から総合評価入札の視察団が来たし、韓国からの視察も片手では足らない数だった。雇用など社会政策を総合評価入札によって契約条項にすることは、世界的な課題になっているわけだ。ひょっとすると、日本モデル、大阪モデルとして参考になったのではないかと想像すると、共生社会がグッと身近に感じられる。
 総合評価入札やユニバーサル就労条例が創り出す新しい働く場、地域のまちづくりの中からも新しい働く場が創り出され、それらを「ソーシャルファーム」と総称しながら、共生社会への想像力を高めあう大阪サミットになっただろうか?

株式会社ナイス
冨田 一幸

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