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月刊なび145号より 「共生雇用率」なんて夢を見たい
 投稿日時: 2019/02/28
 2月16日と17日の2日間、大阪で「ソーシャル・ファーム・ジャパンサミット」が開催された。大阪府議会で「ユニバーサル就労条例(仮称)」が審議されている最中の時機を得た催しだった。
 国の省庁による前代未聞の障害者雇用率の改竄は、厳しく糺されなければならない問題である。しかし、その解決策が雇用率さえ達成すれば済むという「駆け込み雇用」であっては絶対ならない。この際、省庁での障害者雇用が共生社会への先駆になって欲しいと思うから、ボクは「共生雇用率」なんて試論を提案している。
 ユニバーサル就労条例の骨格となるのが総合評価入札で、その配点は、価格50点、技術14点、環境6点、福祉30点の百点満点。とくに福祉の内訳に注目して欲しいのだが、①雇用率は最大6・6%(法定雇用率の3倍)まで加点され、②契約当該現場の雇用率は20%(法定雇用率の10倍)が最高点で、5人に1人は障害者が働くことになる。③就職困難者つまり非障害者の雇用にも加点され最高9点。④それぞれに支援メニューと経過観察も審査される、つまり企業の就労支援力、雇用管理力が評価される。
 どうだろう、「共生雇用率」がどんなものか想像してもらえないだろうか。発注者と受注者が対等な関係で、障害者雇用も含む契約を結ぶビジネスモデルなの
だが、それは共生社会モデルを先取しているとは言えないか。しかも、それが⑤もう15年続いてきたということ、また、15年の実績を検証して⑥公共現場の先駆を条例によって民間現場にも広げようとしているということ、省庁にはここにも注目して欲しいものだ。
 ところで、大阪方式の総合評価入札の導入は15年前なんだが、聞くところによると、EU(欧州連合)議会が「留保契約(競争を留保してでも社会課題を優先するという意味)」を明記した公共調達指令を加盟国に発したのは2014で、オランダが「社会的便益(つまり総合評価)」を定めた公共調達法を制定したのは2012年。入札改革は大阪方式より10年遅れたが、法律や条例になったのは日本より先行している。お隣の韓国も近く「社会価値法」として法律になるそうだ。そういえば、随分前に英国から総合評価入札の視察団が来たし、韓国からの視察も片手では足らない数だった。雇用など社会政策を総合評価入札によって契約条項にすることは、世界的な課題になっているわけだ。ひょっとすると、日本モデル、大阪モデルとして参考になったのではないかと想像すると、共生社会がグッと身近に感じられる。
 総合評価入札やユニバーサル就労条例が創り出す新しい働く場、地域のまちづくりの中からも新しい働く場が創り出され、それらを「ソーシャルファーム」と総称しながら、共生社会への想像力を高めあう大阪サミットになっただろうか?

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび143号より 『千鳥百年』を知った
 投稿日時: 2018/12/28
キノハノヲチタ カキノキニ
オツキサマガナリマシタ

お寺でひろつた おちつばき
あんまりきれいで 母ちゃんの
おみやに つないでかへつた

 短いのに何とも深い自由詩だ。この詩の作者は田中千鳥、山陰地方で大正年間を生き、7歳で逝った。5歳で詩を習い、わずか2年の間に80編を詠み、母が『千鳥遺稿』として残した。その存在を知る人は僅かだったが、『未来世紀ニシナリ』を撮ってくれた田中幸夫監督が『千鳥百年』という映像にした。それでボクも千鳥を知った。言葉が映像になれるのかなと疑問だが、田中監督は「記憶映画」にしたと言ってるから期待したい。表題に「一日は長い、一年は短い、一生はもっと短い」と記したのは、旧知の山田哲夫さんかな?唸らせる。
 ボクの記憶に障害を持つわが娘の保育所時代が蘇った。その頃集団に溶け込みにくかった娘は「足のこといわれると、言葉ひっこむねん」と呟いた。何とも短いが深い言葉としてずっとボクの記憶に残っている。自由詩というのは何にもとらわれず感じたままを言葉にするのだが、そこに現れる空白が魅力的だ。障害を持って社会に加わったばかりの娘と友達の間には、まだ先入観のない広い空白があったのだろう。それを想像すると胸が詰まったが有意義でもあった。幼い千鳥の療養生活もまたそうだったのか。いっぱいの想像を巡らし言葉にする千鳥の「1日は長く」有意義で、彼女は短い時空を駆けた。
 千鳥の生きた大正年間は、千鳥の人生と同じように短い。明治と昭和に挟まれて忘れ去られそうなほどだ。しかし、この時代にかの水平社も駆けた。様々な社会運動も芽生えた。まだいっぱいあった空白に夢を描けた時代だったのかも。ボクの知識が浅薄かもしれないが、日本の自由詩も大正の頃に登場したはずだから、幼くとも千鳥は先駆だったことになる。先駆の千鳥の見たオツキサマが、我が先駆の水平社が見た人の世の光と重なる。
 卑近な話だが、政治や社会運動の文言に自由詩はなく、比喩すれば「七五調」になる、形式に流れる。その分空白がない。だから「保育所落ちた、日本死ね」なんて呟きにも目くじら立てた。障害者雇用改竄でも「移民法」でも想像力が乏しい。ボクは法定雇用率に代わる「共生雇用」や、外国人の参政権を想像する。間もなく選挙のシーズンになるが、自由詩のように政治や社会課題も謳ってみたいものだと思う。
 ボクがこの拙文を映像を観ないまま書いてるのは、ネタに困ったからではない、とてもワクワクしてるからだ。近いうち『千鳥百年』の上映会をやってみたい。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび142号より 外国人が増えて日本がおもしろくなる
 投稿日時: 2018/11/29
 政府は11月2日、単純労働を含む外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法の改正案を閣議決定した。建設や介護、宿泊、農業など人手不足の分野で一定の技能を持つ人を対象に新たな在留資格「特定技能」を来年4月に創設する。「特定技能1号」は「一定の技能」を持つ外国人で、在留資格は通算5年、家族帯同は認められない。「特定技能2号」は「熟練した技能」を持つ外国人で、在留資格の延長可能かつ家族帯同が認められ、10年すれば永住権の資格取得要件を満たすことになる。
 外国人労働者はここ5年で60万人増え、128万人に達したから、日本はもうすでに「移民国家」なんだが、およそ無法国家だと非難されている。外国人が無法なのではなく、日本の企業などの処遇が無法なのだ。あちこちで人権侵害や労使紛争が起こってるが、外国人側が泣き寝入りしている。人手不足が深刻で外国人を受け入れたいが、さすがに処遇を改善しないと来る人も来ないということから、今度の法改正になったのだろう。
 だから、野党が「まず現状の改善が先だ、溝を浚えてから来い」というのは正論だ。だけど、「浚えなきゃならない溝」はもっと昔からのことだ。日本は旧植民地出身者への社会保障の「内外人平等」が遅れて、いまでも完全ではない。地方からでも選挙権を認めるべきという議論も止まったままだ。だからボクは、溝浚えと受け入れ緩和は、同時並行して進めて良いと思う。
 どうもボクには、この問題も改竄で揺れる障害者雇用率も重なって見える。霞ヶ関はそれこそ有史以来障害者を排除してきたのだから、「これから毎年障害者を採用することで夢や希望を与えたいから、雇用率はちょっと待ってくれ」ぐらい言えないのか。同じように、在留資格云々の前に、植民地政策の反省も踏まえて、外国人と共に新しい日本を拓きたいぐらい言えないのかと。野党にはそんな議論を吹っ掛けてもらいたい。
 ちょっと突破な話になったから矛を収めよう。ボクは「家族帯同」から議論すべきだと思う。労働力ではなく「生活者」として外国人を積極的に受け入れるのに、家族を置いて来いなんて言語道断だ。保育所や学校、日本語教育、就労支援、年金が掛け捨てにならない措置など、山積する問題の議論を急ぐべきだ。負担が増える、秩序が乱れるという心配もあろうが、労働者として生活者として応分の負担も求めるのだし、ルールも適用するのだから、良い話だと思う。それに、この際日本の社会保障を点検することにもなるのは有意義だと思う。もちろん良い話ばかりじゃない。西成区など外国人集住地区では、民泊が増えて近隣住民が不安がるとか、学校が内外人逆転してしまうとか、戸惑いもある。国際理解も良いが、外国人労働力を得た企業は利益を上げるのだから、集住地区への「まちづくり」に還流させる仕組みを創ることなども議論して欲しいものだ。

株式会社ナイス
冨田 一幸

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