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月刊なび118号より 「働く場」を広げるために
 投稿日時: 2016/11/22
 ボクは「ソーシャル・ファーム・ジャパン」という団体の運営委員を務めているのだが、そこの代表の炭谷茂さんは、最近、国会で「ソーシャル・ファーム法」を創るチャンスが来たと奔走されておられる。
 何故そうなったのかから話すと、いま話題の小池百合子東京都知事は「つかみ」の上手い政治家だが、環境大臣の時、環境省事務次官だった炭谷さんの提案をつかんで「ソーシャルファーム推進議員連盟」の初代代表に就かれた。そして都知事選挙でも「ソーシャル・ファーム都条例」を公約に掲げられた。小池さんの知事転出後、後継の議連代表となった田村前厚労大臣が、この法の議員立法化をめざそうとなった、というわけである。ちょっと似た話だが、静岡県富士市では「ユニバーサル就労推進議連」ができて、近く条例を市議会に上程するそうだ。
 ソーシャルファームとは何かと説明するのは難しい。「ファーム」は農場ではなく「働く場」の意味だが、通常の企業とはちょっと違う。福祉(作業所)でもないから、いわば「第三の働く場」となる。障害者など「働くことに困難を抱えた人」とそうでない人が「共に働く場」である。ユニバーサル就労というのも似た趣旨で、働くことに困難を抱えた人に働きやすい環境を提供することは、誰もが働きやすい職場になるという、いわば「支援付き就労」という意味だ。
 「実社会」というが如くで、「学ぶ(福祉)」と「働く」を別々に考えるのが日本の常識だったが、この際、発想を変えて、一体でやってみようというのがこの試みだ。「働く意欲は、働くことから」というわけで、企業と福祉の両方の常識を破ったことになる。頭を柔らかくしてみると、ありそうな話だ。要は、利益分を初めから福祉(教育)に再投資することを盛り込んでおくから、通常企業のような内部留保とか株主への配当はないわけだ。その分、財務評価は低いし、銀行からの融資とかが受けにくくなる。そこで、この法や条例はソーシャルファームに公費助成を求めるものじゃなく、認証して欲しい、ソーシャルファームというパスポートを与えて欲しいというものだ。NPO 法が非営利社会活動へのパスポートなら、ソーシャルファーム法は、利益の社会再投資型事業体へのパスポートというわけだ。
 小池都知事のことだから、都の発注事業に「東京の闇」があるのなら、いっそのことソーシャルファームに発注するなんて「つかむ」かもしれない。理に適った話じゃないか。四の五の言わずサッと通してあげたら良いじゃないか、ボクはそう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび117号より さぁ、総合区が始まる!
 投稿日時: 2016/11/09
 もちろん、政治の世界の一寸先は闇なんだが、松井知事(維新代表)が、総合区を先行実施しても良いと明言し、合区についても維新(5区案)も公明(12区案)も自説に固執しないそうで、自民も総合区賛成だから、2年半後の大阪市議府議選は総合区最初の選挙となるかもしれない。仮に5区案なら市議は一区16人前後で、総合区常任委員会を構成することになり、区長は任命でも議員は選挙で選ぶわけだから、都構想を半ば実現したことになり、政令都市大阪市も存続するのだから、過日の住民投票の民意を反映した見事な着地になる。
 それなのに、マスコミの総合区の記事はシステマチックで、議論がいたって無機質なのは何故か。そんな折、鈴木亘さんが『経済学者、日本の最貧困地域に挑む』という本を出版した。鈴木さんは西成特区構想担当の大阪市特別顧問だった人だが、鈴木さんを総合区長だと想定して読むと、この本は想像力を掻き立てられて面白い。もちろん、「西成特区」は実際は「あいりん特区」という限定的な政策だったが、鈴木さんがボーリングに例えて「構想はセンターピン」と表現したように、西成区域や広く大阪市域への波及性を思い描いていた。
 廃校の危機に瀕した二つの小学校と一つの中学校を「いまみや小中一貫校」に統合したのは、その象徴だった。隣接するわが地域の二つの小学校も統廃合の危機にあるわけで、この「センターピン」の先行例は参考になる。貧困家庭への「教育バウチャー(いわば、使途の決まったクーポン)」も、福祉の発想を転換するものだった。「あいりん総合センター」というのはこの地域にしかない、住民にとってはいわば「迷惑施設」。その建替問題を地域住民が広く参加する「まちづくり会議」に丸投げするという手法も発想の転換だった。鈴木さんは、あいりん地域を「領有権の設定されていない漁場」に例えたが、地域の実際の居住者に領有権を付与して決定を委ねる手法は功を奏した。ごみ問題等都市課題へのアプローチを示唆するものだった。そして、行政と市場に対する住民側のハンディを補完するために「エリアマネジメント協議会(自治の経営体)」や「まちづくり合同会社」の設立を応援したことも、自治への「持続可能な住民参加」を示唆したものだった。
 橋下さん(前市長)はTV のコメンテーターになっても面白い人で、「そもそも自治体は歳出ばかり議論するけど、政策を実現する新たな税金を徴収できることを忘れている」とコメントしていた。たしかに、欧州の自治体は、歳出だけじゃなく歳入、つまり課税も毎年議会で決めてから徴収するから、俄然住民の関心は高まることになる。総合区は何でもできるとまでは言わないが、これまでの常識を超えていくまたとないチャンスになることは間違いない。学校の統廃合に象徴的な「縮む地域」など、いま、都市は常識を問い直さなければならない時代を生きている。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび116号より 「地域」と「流域」を結ぶのが自治体
 投稿日時: 2016/09/21
 大阪の泉佐野市は、就労支援カレッジ事業と称して、青森県の弘前市のリンゴ園に若者を送り出している。就労経験の少ない若者等への就労支援による労働力の底上げと、農業従事者の担い手不足の解消や農業の6次産業化の促進、さらには支援が必要な社会的漂流層がいる都市部から泉佐野市、泉佐野市から弘前市への就労や移住を促進するというユニークな取り組みだ。この両市と、介護職へのシングルマザーの移住転職に取り組む島根県浜田市の三市長が呼びかけて、一般社団法人・生活困窮者自立支援全国ネットワーク内に「自治体連携推進会議」が設置されるそうだ。
 ボクは、自分でも古くから言い続けてきた「住み続けられる地域づくり」のフレーズに、途中から何となく違和感を感じ、「地域」もあるが「流域」もあるとダジャレてみた。介護を受ける高齢者は「定住」しているが、介護を提供する雇用はいま「流動化」している。介護保険は介護の社会化をもたらしたが、専門性を加算しない報酬制度が災いし、「上がらない賃金」が転職ミスマッチを引き起こし、「悪い(不利益)流動化」になっている。公共サービスも裾野を広げているが、価格偏重の競争入札による「上げられない賃金」で、せっかくの雇用創出も持続性がない。この介護や公共サービスは、広い意味では「ソーシャル・マーケット(簡単に言うと、株式会社じゃない経営体による社会益の高い生活関連産業)」と称される成長産業だ。自治体は、この成長産業の「地域」だけでなく「流域」においても重要なポジションを占めているのだが、「あまねく公平」とか「市場競争への不介入」というドグマがあって、貧困(福祉)のその先にある産業労働市場に立ち入ろうとしてこなかった。
 実は、生活困窮者自立支援法の肝は「分権」にあり、「中間的就労」は産業労働市場に橋を架けようとしたのだと思う。ボクは、夕張市を視察した時に、札幌市に転出した夕張市民が子育てNPOを起ち上げて、財政破たんと人口減少に苦しむ故郷にUターンし、夕張市が廃校となった学校を提供しているのを見て、これが始まりになったらと思った。実際、弘前市や泉佐野市や浜田市が動き出した。働いてほしいリンゴ園と働いてみたい都市の連携、札幌からソーシャル・マーケットで漕ぎ出して再び夕張に里帰りする、その交差点に自治体(自治体共同)という港があったら、どんなにありがたいものか。船には修理用ドックが必要なように、地域と流域を結ぶ就労支援(中間的就労)は欠かせない。
 「コミュニティ」を和訳するのに、「地域」だけじゃなく「流域」とも解するのは、言葉あそびが過ぎるか。自治あるいは自治体を、受益と負担の二分法で見るなんて想像力が乏しすぎるのではないか。むしろ、自治体は、消費者と生産者が重なり合った新しい事業体ではないか、そんなことを想像させる自治体連携が始まったと期待したい。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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