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月刊なび120号より 他者を思いやる想像力で、新しい年を生きる
 投稿日時: 2017/01/26
 過ぐる2016年を概観して思い浮かべたのは、「空に消えていった打ち上げ花火♪」という歌詞だった。
 障害者差別解消法は「合理的配慮」を明記した画期的(花火のよう)な法律だったが、その後の盛り上がりに欠けた。軽介護を介護保険から地域事業に変えるというのは、賛否はともかく転換になると思ったが、尻すぼんだ。生活困窮者支援も期待通りには広がらず、何だか「こども食堂」へと目移りした感がある。唐突だが、米国初の女性大統領誕生かと思われたが、失速したし、わが国でも「民進党」と党名を変え、蓮舫という女性党首を迎えたのに、空回りした。ヘイト法や部落差別解消法が成立し、LGBT法やフリースクール法等も俎上に載ったが、突破力のある政治家やリーダーは見えなかった。鹿児島とくに新潟知事選では原発が争点化し、少なくとも連合という労働団体は紛糾すると思ったが、そうでもない。橋下さんが口火を切り、各党も同調した教育の無償化も一気に財源論にまで踏みこむのかと思われたが、打ち上げ花火の如くだった。
 もちろん、何事も一朝一夕に行くものではなく、新しい年に引き継がれていくとは思うのだが、この消化不良感は一体何だろう?
 一つは、万事に当事者感が薄い気がする。口幅ったいが、米国の女性たちは選挙戦略を見誤ったのではないだろうか? 与党というか、自民党というのは、世論を取り込んでしまう癖がある。やっぱり、時に意固地なほどの当事者運動を野党が掘り起こすことが、法律(仏)に魂を吹き込むのだろう。沖縄の反基地運動は、いかにも対照的だ。生活困窮者支援も支援員が当事者を代行しすぎる気がする。自治体も分権の前に、分散しがちになっているのかもしれない。
 もう一つは、他者を自分に置き換えてみる想像力が欠けている気がする。「合理的配慮」も障害者だけとみると、「配慮」という上から目線が気になるが、これを多様な人々の権利に広げて考えると、「気配り」という水平になる。原発で働く人や家族とその労働組合が葛藤するのは当たり前で、「連合は堕落した」なんて言わずに、民主主義に良い方途はないものかと、一緒に模索することが有意義ではないかと思う。
 政策に当事者性を持たせることと、他者を自分に置き換えてみる想像力、その顕著な営みを「政治」と言い、それは文学にも似ている、ボクはそう思ってきた。つまり、政治が不在な分、文学がないのと同じように無味乾燥なのだ。蓮舫さんは、二重国籍問題で出鼻を挫かれた感があるが、与党vs野党を超えた女性という目線で、すべての政策を問い直したら良い。沖縄とそれ以外、障害者とそうでない人、原発と生活者、権力とは少し違う自治体という存在も、そうした想像力によって、硬直を打破したいものだ。そんな徒然の感慨を、遅ればせの新年の抱負としたい。

株式会社ナイス 
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび119号より 部落差別解消法に思うこと
 投稿日時: 2016/12/28
 部落差別解消法が成立した。同対法から15年の法空白期に、インターネット上に部落の所在地や人名まで暴かれる差別も惹起しており、この法が抑止力になることが期待される。しかし、30年来の部落差別の禁止や救済等を求める国民運動があり、与野党問わずの真摯な議論もあったのに、あまりに省約されてしまった法案と審議だったのは残念で、モヤモヤ感が残った。
 先の通常国会では、解消法が、ヘイトスピーチ法やLGBT 法など幾つもの人権法案と一緒に提案されたことから、民進党の山尾政調会長(当時)は「政権延命、憲法改正のリスクヘッジ」と警戒を口にした。自民党の稲田政調会長(当時)は「心配し過ぎ。人権法だと憲法に抵触するから個別法にした」と反駁した。稲田さんの方に力があったが、山尾さんの指摘も間違っていなかった。
 さて、この解消法がどんな影響を与えるか、焦眉の課題である隣保館で考えてみた。法空白の15年で一千ある隣保館にも「スクラップ」の重圧がかかっているようだが、この法は、自治体の撤退への抑止力にはなりそうな気がする。一方、格差や多様化で取り組むべき地域課題が広がった隣保館を、住民参加で発展させようという「公設置民運営」の議論も起こっている。しかし、解消法は、この「ビルド」政策の追い風にはならないようで、民運営隣保館も補助対象にできる隣保館設置基準の改定には結びつきそうにない。
 法成立後、「解消法を活かすも殺すも運動次第」とやたら聞こえるが、これからの運動はどんなものだろう。まず期待されるのは被害者救済だが、「部落差別」を冠した解消法が足かせになるから、人権侵害被害者救済法に向かうのだろう。稲田さんが人権法(差別禁止法)は憲法に抵触するというのなら、いっそのこと、護憲から「人権改憲」に舵を切らなければならないのかもしれない。民進党や運動団体がそこに立ち入ったとしても、頭越しに反対する気はない。
 ここまでは部落問題の「ルールづくり」の運動で、部落問題には、もう一つの運動として「まちづくり」がある。同対法終結からの15年で、部落にもNPO や社会福祉法人ができ、多種多様な市民活動が育ち、まちづくり運動も「多元化」してきた。その分、部落間格差も生じ、運動も分散化しがちになった。「多元化」は好ましいことで水を差す気はないが、響き合う「統合(「共生」が良いか?)」のテーマは必要だと思う。水平社宣言のテーマは「人間の尊厳」で、これなら部落は勿論、社会と響き合うと確信し、「集団運動を興せるはむしろ必然」と吹っ切れた。では、いまそのテーマは何なんだろうと考えていたら、社会学者の宮本太郎さんの「社会保障から共生保障へ」という問題提起に出会った。共生保障(制度ではないところに意味がある)を求めて、一支部一社会的企業を興せるはむしろ必然、となるのか?そのうち、『なび』でも共生保障の意味を紹介してみたいと思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび118号より 「働く場」を広げるために
 投稿日時: 2016/11/22
 ボクは「ソーシャル・ファーム・ジャパン」という団体の運営委員を務めているのだが、そこの代表の炭谷茂さんは、最近、国会で「ソーシャル・ファーム法」を創るチャンスが来たと奔走されておられる。
 何故そうなったのかから話すと、いま話題の小池百合子東京都知事は「つかみ」の上手い政治家だが、環境大臣の時、環境省事務次官だった炭谷さんの提案をつかんで「ソーシャルファーム推進議員連盟」の初代代表に就かれた。そして都知事選挙でも「ソーシャル・ファーム都条例」を公約に掲げられた。小池さんの知事転出後、後継の議連代表となった田村前厚労大臣が、この法の議員立法化をめざそうとなった、というわけである。ちょっと似た話だが、静岡県富士市では「ユニバーサル就労推進議連」ができて、近く条例を市議会に上程するそうだ。
 ソーシャルファームとは何かと説明するのは難しい。「ファーム」は農場ではなく「働く場」の意味だが、通常の企業とはちょっと違う。福祉(作業所)でもないから、いわば「第三の働く場」となる。障害者など「働くことに困難を抱えた人」とそうでない人が「共に働く場」である。ユニバーサル就労というのも似た趣旨で、働くことに困難を抱えた人に働きやすい環境を提供することは、誰もが働きやすい職場になるという、いわば「支援付き就労」という意味だ。
 「実社会」というが如くで、「学ぶ(福祉)」と「働く」を別々に考えるのが日本の常識だったが、この際、発想を変えて、一体でやってみようというのがこの試みだ。「働く意欲は、働くことから」というわけで、企業と福祉の両方の常識を破ったことになる。頭を柔らかくしてみると、ありそうな話だ。要は、利益分を初めから福祉(教育)に再投資することを盛り込んでおくから、通常企業のような内部留保とか株主への配当はないわけだ。その分、財務評価は低いし、銀行からの融資とかが受けにくくなる。そこで、この法や条例はソーシャルファームに公費助成を求めるものじゃなく、認証して欲しい、ソーシャルファームというパスポートを与えて欲しいというものだ。NPO 法が非営利社会活動へのパスポートなら、ソーシャルファーム法は、利益の社会再投資型事業体へのパスポートというわけだ。
 小池都知事のことだから、都の発注事業に「東京の闇」があるのなら、いっそのことソーシャルファームに発注するなんて「つかむ」かもしれない。理に適った話じゃないか。四の五の言わずサッと通してあげたら良いじゃないか、ボクはそう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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