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月刊なび125号より アベを止める処方箋はないのか
 投稿日時: 2017/06/21
 「どうやったらアベを辞めさせられるか?」依然安定した支持率を誇る安倍首相だが、巷にはそんな会話が広がっている。
 小泉純一郎、野中広務、古賀誠、山崎拓等々の自民党長老は、原発再稼働、安保法、秘密保護法、共謀罪、憲法改正等々の安倍政策を真っ向から批判されている。さらには森友、加計学園問題についても疑念を表明しておられるし、詭弁と野次とせせら笑いを繰り返す首相に「品がない」と戒めておられる。この一連の間違った「政策」を強行させているのは「1強」という「政局」であり、その背景には「小選挙区制」があるというのも、期せずして一致した見解だ。礼を失するかもしれないが、かくいう自民党長老の現職時代の責任も免れないから、「こんなはずじゃなかった」と後悔されての発言なのであろう。それは民進党や野党にも言えることだから、小沢一郎さんも動いておられるのだろう。そして、1強を創り出した政局、選挙制度が、自民党の個々の議員を拘束し、公明党の政策も歪めるという連鎖を生んでしまっているのではないか。そして、困ったことに、国民もこの政局と選挙制度によって、現状の「消極的承認」に誘導されてしまっている。それが安倍首相への高い支持率となっているわけだ。
 さて、「安倍さん」を「橋下さん」或いは「維新の会」に、「憲法改正」を「都構想」に置き換えてみると、いま大阪市政が陥っている状況に酷似している。「(大阪市は)今のままで良い」では、橋下さんのキャラクターや維新政治を評論するだけで、橋下(維新)との改革競争にはならないのと同じように、「小選挙区が元凶」では、原発や憲法という「政策」からの逃避と映る。ボクは、都構想には「参加の自治」という対案、安倍政治には「競争に代わる共生」というような対案を示して「政策を問う」こと、それが「アベを辞めさせる」方途だと思う。
 問題はその方法だ。「政策は選挙で争う」だけでは短絡ではないか、とボクは思う。だから、安保法反対を闘ったシールズの若者が「未来のための公共」という新しい市民活動を始めたことなどに強く共感する。大阪市では、都構想(特別区)に代わる対案として「総合区」が検討されているが、8区(合区)案と24区案に分散しているし、何より、教育や福祉がどう変わるのかなど、市民生活との関係はほとんど議論されていない。国と比べると大阪市は小さい。市民活動や社会運動などの様々な小さなファクターが「外国籍住民は住民投票に参加できないか」「NPO等市民活動と町会との協働はできないのか」等々、井戸端会議やSNSを活用したコミュニケーションを広げること、はたまた、総合区の政策合意を実現することで、実のある政策競争を演じることは可能ではないか。その結果如何で、都構想(大阪市の解体)は止められるし、アベ暴走を止める力にもなりうる、ボクはそう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび124号より ホームレス支援法は存続できるか
 投稿日時: 2017/06/05
 「ホームレス自立支援特別措置法」は8月に期限切れを迎えるのだが、一部の新聞報道は、「延長せずに失効する公算が大きい」と報じた。共謀罪など国会が政局にまみれ、6月の閉会までに延長の声があがらないのではないかと懸念しているようだ。そんな新聞記事が逆に功を奏して、元々15年前は超党派による議員立法だったわけで、各党が腰を上げてくれることを期待している。
 その新聞記事には、旧知の山田実さん( NPO釜ヶ崎支援機構理事長)の談話があった。「ホームレスは有史以来、迫害の対象だった。特措法によって、国が支援すべき対象だという根本原理を変えた。法律ができた後も、襲撃とか殺人事件が後を絶たない現状がある。法律がなくなったら、先祖返りし、『ホームレスは社会のゴミだ』というように逆転しかねない」と恐れている。短いながらも鋭い、やまちゃんのコメントだ。ホームレス支援法は、「迫害の歴史を支援の歴史に変える」未だ途上にあり、他法(生活困窮者自立支援法など)では補えないものがそこにある。ホームレス支援法は、何故ホームレスになったのか、どうしたらホームレスにならないかに着目し、そのための住居や仕事の確保、生活相談の実施や実態把握のための全国調査や施策実行計画の策定など、国や自治体の責務を規定したが、「迫害の歴史を終わらせる」とは書かなかった。ホームレス支援法から13年遅れて生活困窮者自立支援法が成立し、そこでは一時保護や住宅支援や就労支援が明記され、ホームレス支援法の内容を包含したものの、「迫害の歴史」に立ち入るものでもなく、その分国や自治体の責務には言及していない。やまちゃんは、政治家の良識を信じるとボクに語っていたが、土壇場でこの法が再延長されることで、「迫害の歴史を変える」営みの存続を誓った、となることを願ってやまない。
 時を同じくして、生活困窮者自立支援法は「3 年見直し」の時を迎えている。この法の肝が、「個人の尊厳」と「地域づくり」にあったことを考えれば、「アドボカシー」つまり「声になりにくい」当該相談者の権利擁護(尊厳)を、「地域づくり」のタテ糸或いはヨコ糸にしていくという問題意識が求められていると思う。ボクは、「声をあげてきた」部落差別解消法に「個人の救済」が明記されること、或いは「声になってきた」ヘイトスピーチ規制法(条例)に「被害者の救済(訴訟費用の公費支援等)」が明記されることが「呼び水」になると期待したが、そうはならなかった(ヘイト被害者支援の民間基金が大阪で設立されたのは朗報だったが)。
 ともあれ、ホームレス支援法の再延長を求める、わが西成、釜ヶ崎のやまちゃん達の政治へのコミットは、とても意義のあることであり、同じ西成区民として誇らしいと思った。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび123号より 「西成自治区」っておもしろい!
 投稿日時: 2017/04/25
 大阪市が導入を提案している総合区だが、3月の世論調査では、「都構想」33%「今のまま」46%に対し「総合区」は12%と、支持は少ない。知名度も理解度も低いのは仕方のないことで、徐々に理解が広がっていくのだろうが、市民の中には最初のボタンから誤解されている節があるから、一言申し上げたい。
 総合区は現行24区を廃止し、8つに合区するものだから、慣れ親しんだ西成区がなくなるから反対だという意見がある。そうじゃなくて、24区が「地域自治区」にバージョンアップするのが総合区だ。西成区は「西成自治区」となり、そこに今の区政会議が名称を「西成地域協議会」と変えて再設置される(同名の区政会議は総合区に設置される)。この地域協議会には、区民各界各位から委員が選出され、自治区長も選任され、総合区長への意見具申の権利も与えられるから、今以上に区民が市政に参加できることになる。だから、バージョンアップなのである。総合区は地域自治区を束ねる形で8区設置され、西成は住吉、住之江と一緒に「○○(総合)区」となる。頓智問答みたいだが、区と区を「合(併する)区」というより、区はそのままで「総合(する)区」なのである。
 だから、「一番人気」の「今のまま」が良いという市民にとっても、24区が自治区として残るという意味では「今のまま」なんだから、一考に値する総合区案だと思う。今の24区のまま総合区になれば良いという穿った意見もあるが、それは総合区じゃない。公務員や議員にお任せの市政ではなく、市民が観客から選手になるぐらい参加していくことで、もっと必要な市民サービスを創り出していこう、その財源つまり税負担のことも理解しあっていこうという点では、関、平松、橋下、吉村歴代市長の意見にそんなに隔たりはなかった。それほど市民の関心も高まったので、橋下市長が「特別区(都構想)」を住民投票にかけたが、僅差で否決されたので、次の案として総合区が登場したわけだ。
 さらに、総合区の知られざる点は、小学校区を単位にした「地域活動協議会」が設置されることだ。今の「地活協」と見た目は同じだが、行政主導の現在の行政区と違って、市民参加の総合区―地域自治区―地域協議会とつながるわけで、最も身近な小学校区から市政に参加する道筋が敷かれることになる。今宮や萩ノ茶屋では、「エリアマネジメント協議会」と称して既に先行しているから、そんなに突拍子なことでもない。
 さて、最後に、総合区で言う「住民(市民)」とは、住む人、働く人、活動する個人及び団体のことで、外国籍住民も包摂する、そう理解しあいたい。駄洒落じゃないが、総合区とは「総合力を集める」ためでもあるのだ。いろんな人が集まるから摩擦も事件も起こるという心配もあるかもしれないが、いろんな人を認め合えれば、知恵も力も出てくるという面もある。総合区は大阪市の成長戦略にもなると言えば言いすぎかな?

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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