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月刊なび 157号より 「豪華客船」での人権侵害事態
 投稿日時: 2020/03/04
 月一回発行の『なび』で時事モノを書くのは不似合いだが、備忘録のつもりで2月10日時点の新型ウィルス事件について書き置きたい。
 実は、乗客に感染者が出たことを理由に横浜港に停泊している「豪華客船」ダイヤモンド・プリンセス号には古くからの友人が乗船している。正直言って、ボクも事件当初は傍観者だったから偉そうなことは言えない。しかし、友人と毎日交信してるうちに、事件がとんでもない人権侵害事態まで引き起こしていると痛感した。間接的ではあるが、やっぱり現場が出発点だ。
 
 2月1日、客船は沖縄に寄港して出入国手続きも検疫も終え、横浜港まで「国内移動」のはずだったが、3日に横浜港に着岸するや入港を拒否され、海上に強制停泊させられた。法的な根拠は何もないのだから、非常事態への乗員乗客の協力を求めるべきだったが、何の説明もなかった。加藤厚労相は二週間程度の拘束と発表したが、検査は遅々として進まない。その間、乗客も乗員も保菌の可能性があるのに、船外からの応援もないままサービスは続けられ、次々と感染者が増えていった矢先、今日(2月10日)の報道で感染者が一気に倍の135名になった。すでに2次感染が広まっているのだろう。国の不作為が乗客や乗員の人権を侵害している構図で、彼ら3700人の下船、解放はいつになるやら、事態は混迷を深めている。友人の言葉から感じ取れる怒りは、国の人権侵害に向けられているにちがいない。
 ボクは、ハンセン病が、誤判と偏見に基づく国家による強制隔離を是正するのに百年の時を費やす人権侵害だったことを思い起こした。今回は緊急事態で、法だけでは即座には対応できなかったのかもしれない。が、いったん沖縄で入国を認め、2日後に横浜で取り消す法的根拠などどこにもない。他方で、政府は、船上だから災害対策法は適用されないと頑な姿勢を崩さない。一両日ほどの短期停泊ならまだしも、見通しのない船内隔離はどう考えても法律違反だ。
 また、本来なら感染拡大を避けるために、感染・保菌率の高い乗員に代わって新たに別の支援要員を出動させるべきだが、自衛隊は医務官だけの派遣に止まったまま。さらに、3700人という大人数に対応するためには陸地への分散隔離に協力してもらうべきだが、差別におののいてか、大阪も含めて寄港地の受け入れの話はまったくない。
 友人は、乗員1200人の大半はアジア諸国での現地採用の臨時職員だということ、そして船が「豪華客船」とばかり喧伝されていたこと、そうしたことが偏見を助長しているのではないかといぶかった。こうして、新型ウィルス事件は、「豪華客船」人権侵害事態をも伴った大事件に発展しようとしている。
 あらためて日本は人権に疎いと痛感した。国民に人権の尊重を教育啓発するのは重要だが、人権は第一義的には、権力者、権限を持つ地位にある者に課せられる義務であるべきだと痛感した。さて、これから、日本はいかに動くのか、友のためになす術のないボクは、見守るしかないのか。

月刊なび156号 いよいよ住民投票、まだまだ総合区
 投稿日時: 2020/02/05
 いよいよ都構想の2度目の住民投票が11月頃に実施されることになった。前回が僅差の否決だったこともあるし、市民の理解がそんなに進んできたわけでもないから、結果の予想は簡単ではない。これから約10ヶ月、大阪市による住民説明会が催され、賛否の論戦も繰り広げられることになるが、ボクは、賛否両者にどうしても聴いておきたいことがある。それは、否決された場合の対案はあるのかということだ。
 ボクの都構想への態度はこれまでずっとシンプルだった。都構想議論をすべきか否かについて、迷いなく「賛成(やるべき)」だった。何故なら、府と市の間に「二重行政」は間違いなく「あった」し、大阪市役所も市議会も肥大化しすぎて、とてもニア・イズ・ベターでは「なかった」。改革は必至だったが法改正を必要とする大仕事だったから、遅々として進んでこなかった。誰が大阪市長になっても「都市構想」は聴きたかったが、橋下さんは「大阪都構想」を示し、議論を興した。その橋下さんに国が反論するよう地方自治法を改正し「総合区」という「対案」を示した(2014年)。ボクは、両論が出て選択肢ができたと思ったが、市議会は「都構想vs 現状のまま」で硬直してしまった。当然選挙で争われたが都構想側が圧勝し続けて、総合区という選択肢は俎板に載せられなかった。
 維新の市長は3人続いたが、橋下さんは総合区も選択肢と明言し、吉村前市長は「まず議会で総合区を決め、後に住民投票で都構想を問う」との対案も示したこともあった。松井現市長は、都構想否決なら総合区を提案するのだろうか? 先日の会見で「否決でも市長の任期は全うする」「政党としての維新は都構想を主張し続ける」(1月8日付『産経新聞』)と言われていたのは、「否決後の対案(総合区)」もあると理解したらいいのだろうか?そうであるなら、松井市長は立派な市長になられると思う。
 一方、都構想反対側の「対案」はまったく聴こえてこない。公明党はもう総合区を諦めたのだろうか? 自民党は24区を合区するのだろうか? もし「現状のまま」というのなら、2度もの住民投票を「壮大な無駄」と片付けてしまうのだろうか? ボクの住民投票への態度は、都構想の場合と同じくいたってシンプル、「否決で、総合区を期待する」だ。もちろん、最後まで総合区合意で住民投票の回避が一番であることは言うまでもない。
 大阪市は存続させたまま府と市の統合本部を作って二重行政を防止する。24区を5つか8つに合区した総合区で、ニア・イズ・ベターを実現する。維新にも反維新にも総合区に合意してもらいたい。そういう市民運動を最後まで追求していきたいと思う。

月刊なび 155号より 20 周年を迎えたエル・チャレンジ
 投稿日時: 2020/01/22
 エル・チャレンジが創立20年を経過し、昨年11月に記念行事を開催することができた。せっかくのことだから、「これまで」と「これから」を、とくに大阪の都市政策と関連づけて記しておきたい。
 エル・チャレンジ創立の1999年の頃、様々な意味において転換の時
だった。一つは、障がい者雇用のなかでも遅れていた知的障がい者の雇用にもようやく光が当たり始めていた。そこに、「働く意欲は、働くことから」と、知的障がい者雇用の核心をつくようにエル・チャレンジは登場した。二つは、雇用対策法の改正(2002年)で注目が集まりはじめた自治体の雇用政策に、エル・チャレンジは先駆けた。「社会的援護を要する人々への社会福祉のあり方に関する検討会」報告書(2000年12月)よりも以前であった。三つは、同和対策法の終結(2002年)を目前にした同和行政改革を進取するものでもあった。ボクは、当時部落解放同盟大阪府連の役員でもあったが、同和対策で就労していた同和地区の人々が施策の変更に応じてくれたことに感謝した。四つは、当時すでに大阪府は財政危機に直面
していたが、当時の府職員の真剣さは秀逸であった。エル・チャレンジは行政改革を先駆けるものでもあった。
 エル・チャレンジが飛躍したのは、2003年に大阪府が総合評価入札
制度を導入した時であった。その意義は、一つは、この入札制度改革によりエル・チャレンジとビルメンテナンス業界との協働が飛躍的に進んだこと。「福祉と市場」の協働は当時まったく珍しいものだった。その後に欧州や韓国で公共調達を社会的価値実
現に活用する法制度改革が実行されていくのだが、大阪は10年先を走っていた。二つは、総合評価入札は、横山ノックさんから吉村洋文さんまで5代の知事によって、時に厳しい詮議を受けながらも継承され、再評価されてきたこと。いわば「改革のロングセ
ラー」となったことの意義は大きい。三つは、この入札改革も一つのシンボルとなって、「社会的企業」という新しい発想が芽生えてきたこと。都市公園管理にNPO 等が参入したのもそ
の表れだった。
 そして、「これから」だ。2016年4月、大阪府はハートフル条例を改正、施行した。その意義は、一つは、公契約の入札を福祉の増進に活用することを条例化したこと。国連が定め
たSDGs(持続可能な開発目標)の「12-7(持続可能な公共調達の推進)」を日本で初めて具現化することになった。二つは、「職場環境整備等支援組織」という労働市場での中間支援組織を条例で「認定」したこと。地域社会に地域福祉のソーシャルワークが求められているように、労働市場でもソーシャルワークが必要であること
を、実例と共に宣言したことの意義は大きい。口幅ったい言い方だが、それは、雇用率を改竄した国の省庁が、大した反省もなく「就労支援なき駆け込み雇用」で過ちを上塗りしているこ
との対極にあった。三つは、大阪都構想の是非はともかく、大都市おおさかの都市政策を構想するにあたり、公契約のあり方、とくに公契約における市民力の活用は重要なテーマであり、条例はその問題提起を成したと評価できる。
 かくして、エル・チャレンジは20年の時を刻み、ハートフル条例はスタートした。障がい者雇用、人権運動が先に帆を上げてくれていたからこそ、大阪の共生の都市づくりが大海に船出することができたのかもしれない、いつかそう言われたいと思った。

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