ブランコート

都市型デザイナーズマンション

イタリアンレストラン

リストランテ ベッラファーべ

ガラシャ

ガラシャ

祭り

ながさん祭りロゴ

アジールコート

なにわ筋と鶴見橋商店街の結節点

ガラシャ

ガラシャ

月刊なび5号より 湯加減のような人の世を求めてお風呂を守ろう
 投稿日時: 2007/05/01
ボクは昨年ロンドンを旅し、テムズ川沿いのコイン・ストリートのまちづくりに学んだ。企業でもない、行政でもない、社会的企業が土地を買い取りマンションを建て、階下に芸術家のショップを集め、屋上には素敵なレストランまでつくった。まるで我がナイスと瓜二つではないかと、小躍りした。まちづくりの発端は、乱開発の果てにとうとう小学校が閉鎖されそうになったことだったと聞いた。市場原理には逆らえないと諦めていたロンドンっ子も、さすがに、重たい腰をあげたのだそうだ。
 ボクは、いま、ロンドンっ子になって、地域のお風呂屋さんのことを思い浮かべている。慣れ親しんできた文化温泉や平和湯や三星温泉が消えるかもしれないのだ。重油代も跳ね上がったうえに、お役所がつけた条件は、誰も経営すると声をあげられないほど、つれないものなのだそうだ。地域のお風呂屋さんとつくったくらし組合の高齢者料金も続けていけなくなるかもしれない。
 さぁ、どうする。カネ、制度・・・もういい加減にせぇ!今度はシャレじゃない。湯加減のようないい加減こそ、人の世なのだと、老いにムチうってリングに上がろうと思う。
「市場原理VSくらし原理」のゴングが、いま鳴る。
<<5号より>>

月刊なび4号より ボクは無類の選挙好き・・・
 投稿日時: 2007/04/01
 ボクは前号で、「働かなければならない」から「働きたい」への「あ、そうか」の発想の転換を、と書いたが、それから一月足らずで、響き合う出会いがいっぱいあった。生活保護のケースワーカーは、「私たちは就労指導をやってるけど、必要なのは就労支援だ」と語った。まだ若い人だったので、とても嬉しかった。旧知の人は、「ボクは、西成区を花で一杯にする企画を温めている。一度ワイワイやろう」と囁いてくれた。ホームレスの就労支援も兼ねて都市公園の管理に携わっている企業の人は、「最初、人に優しい公園づくりと言っていたけど、ちょっと押しつけがましいと感じて、今は、人が優しくなれる公園づくりと言い変えた」と語っていた。思わず膝を叩いた。
 数年前から参加している研究会で、前環境省事務次官の炭谷茂さんは「いま国は、国民に仕事をさせようと躍起になっている。私は、仕事をやってみようという語りかけを形にしたい」と語られた。この人の目線はいつも優しい。
 人はボクを「無類の選挙好き」と言う。ホントはそうじゃない・・・でも、いま選挙に夢中だ。どうしてだろう、選挙の時はいっぱい出会いが生まれ、アイデアがわき出る。ボクもタスキかけて歩こうかなぁ。
<<ナビ4号より>>

月刊なび3号より 「働きたい」と「できちゃった雇用」
 投稿日時: 2007/03/01
 ボクは、8年前、エル・チャレンジという障害者雇用のための事業協同組合をつくり、ナイスはその組合員になった。小さなナイスが大きな仕事をするための最初の仕掛けだった。その時の発見は、「働く意欲は働くことで育まれる」だった。知的障害者が働けていないのは「働く意欲がないからだ」という偏見への反論だった。最初「何それ?」という反応だったが、「あ、そうか!」に変わった。これがあたった。エル・チャレンジから200人の障害者が就職し、有名になった。
 若者など働けていない人への支援が国会でもテーマになってきた。良いことだが、「あ、そうか!」の発見のない議論は、やれ「今時の若い奴は・・・」、やれ「政府は何をしてる・・・」と袋小路に入り込む。私の「あ、そうか!」は、「働かねばならない」ではなく「働きたい」だ。職業訓練だの雇用開発だの、何ともコワい。ブランコートの向かいの古着屋リプラさんでは、何人かのニート君が楽しそうに働いている。「できないこともあるけど、できることもある」と店長さんはいつも笑っている。ボクがある日「あんたんとこ、できちゃった雇用やね」と言ったら、久しぶりに笑いをとれた。
 「働きたい」って、優しい響きだし、頭、柔らかくなれそう。これ、「いい加減」ということ。ボクも国会で演説ぶってみたくなってきた。
<<ナビ3号より>>

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