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ガラシャ

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月刊なび4号より ボクは無類の選挙好き・・・
 投稿日時: 2007/04/01
 ボクは前号で、「働かなければならない」から「働きたい」への「あ、そうか」の発想の転換を、と書いたが、それから一月足らずで、響き合う出会いがいっぱいあった。生活保護のケースワーカーは、「私たちは就労指導をやってるけど、必要なのは就労支援だ」と語った。まだ若い人だったので、とても嬉しかった。旧知の人は、「ボクは、西成区を花で一杯にする企画を温めている。一度ワイワイやろう」と囁いてくれた。ホームレスの就労支援も兼ねて都市公園の管理に携わっている企業の人は、「最初、人に優しい公園づくりと言っていたけど、ちょっと押しつけがましいと感じて、今は、人が優しくなれる公園づくりと言い変えた」と語っていた。思わず膝を叩いた。
 数年前から参加している研究会で、前環境省事務次官の炭谷茂さんは「いま国は、国民に仕事をさせようと躍起になっている。私は、仕事をやってみようという語りかけを形にしたい」と語られた。この人の目線はいつも優しい。
 人はボクを「無類の選挙好き」と言う。ホントはそうじゃない・・・でも、いま選挙に夢中だ。どうしてだろう、選挙の時はいっぱい出会いが生まれ、アイデアがわき出る。ボクもタスキかけて歩こうかなぁ。
<<ナビ4号より>>

月刊なび3号より 「働きたい」と「できちゃった雇用」
 投稿日時: 2007/03/01
 ボクは、8年前、エル・チャレンジという障害者雇用のための事業協同組合をつくり、ナイスはその組合員になった。小さなナイスが大きな仕事をするための最初の仕掛けだった。その時の発見は、「働く意欲は働くことで育まれる」だった。知的障害者が働けていないのは「働く意欲がないからだ」という偏見への反論だった。最初「何それ?」という反応だったが、「あ、そうか!」に変わった。これがあたった。エル・チャレンジから200人の障害者が就職し、有名になった。
 若者など働けていない人への支援が国会でもテーマになってきた。良いことだが、「あ、そうか!」の発見のない議論は、やれ「今時の若い奴は・・・」、やれ「政府は何をしてる・・・」と袋小路に入り込む。私の「あ、そうか!」は、「働かねばならない」ではなく「働きたい」だ。職業訓練だの雇用開発だの、何ともコワい。ブランコートの向かいの古着屋リプラさんでは、何人かのニート君が楽しそうに働いている。「できないこともあるけど、できることもある」と店長さんはいつも笑っている。ボクがある日「あんたんとこ、できちゃった雇用やね」と言ったら、久しぶりに笑いをとれた。
 「働きたい」って、優しい響きだし、頭、柔らかくなれそう。これ、「いい加減」ということ。ボクも国会で演説ぶってみたくなってきた。
<<ナビ3号より>>

月刊なび2号より 初夢は「食券食堂」
 投稿日時: 2007/02/01
 「格差社会」が言われ出して、生活保護のあり方が議論されるようになった。厳しい財政事情だから痛みを分かち合って生活保護も「減らす」べきだと論じる側と、憲法の最低生活保障の権利だから生活保護制度は「守る」べきだと論じる側の、二者択一に見える。「第三」の選択肢はないのだろうか?
前号で私は、ナイスは「湯加減のようないい加減」を企てる企業になりたいと書いたが、生活保護を「活かす」企てをする、それが「初夢」だった。
 この西成区では、生活保護者は二万一千人にのぼり、投下される費用は年間六〇〇億円にもなる。
 しかし、六〇〇億円がこのまちの経済に環流している実感はない。
 それどころか、住宅扶助限度額の四万二千円に賃貸住宅の家賃相場が上下移動して、劣悪な住宅環境のまま、このまちは荒廃している。「福祉の空洞化」だと思う。
 そこで思い立ったのが「食券食堂」である。食券をまとめ買いしてもらうことで、食材コストを下げる。お客様には食券によって紛失や浪費を防ぎ、安くて美味しい、毎日献立が変わる健康生活を提供するという構想だ。
 お風呂料金を百円さげるための「くらし組合」の経験があるから、今度は「食堂版」だ。
 私には、二万二千人が頼もしい地域の戦力に見え、六百億円が地域経済への投資に見える。
 ヒトもカネも「活かす」、その方がイカしてる。
 誰か、この「いい加減」な「初夢」を拾ってくれないかなぁ。
いっそ、「減らす」「守る」より「活かす」を公約に、大阪市長に立候補しようかな(笑)。

<<ナビ2号より>>

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