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月刊なび124号より ホームレス支援法は存続できるか
 投稿日時: 2017/06/05
 「ホームレス自立支援特別措置法」は8月に期限切れを迎えるのだが、一部の新聞報道は、「延長せずに失効する公算が大きい」と報じた。共謀罪など国会が政局にまみれ、6月の閉会までに延長の声があがらないのではないかと懸念しているようだ。そんな新聞記事が逆に功を奏して、元々15年前は超党派による議員立法だったわけで、各党が腰を上げてくれることを期待している。
 その新聞記事には、旧知の山田実さん( NPO釜ヶ崎支援機構理事長)の談話があった。「ホームレスは有史以来、迫害の対象だった。特措法によって、国が支援すべき対象だという根本原理を変えた。法律ができた後も、襲撃とか殺人事件が後を絶たない現状がある。法律がなくなったら、先祖返りし、『ホームレスは社会のゴミだ』というように逆転しかねない」と恐れている。短いながらも鋭い、やまちゃんのコメントだ。ホームレス支援法は、「迫害の歴史を支援の歴史に変える」未だ途上にあり、他法(生活困窮者自立支援法など)では補えないものがそこにある。ホームレス支援法は、何故ホームレスになったのか、どうしたらホームレスにならないかに着目し、そのための住居や仕事の確保、生活相談の実施や実態把握のための全国調査や施策実行計画の策定など、国や自治体の責務を規定したが、「迫害の歴史を終わらせる」とは書かなかった。ホームレス支援法から13年遅れて生活困窮者自立支援法が成立し、そこでは一時保護や住宅支援や就労支援が明記され、ホームレス支援法の内容を包含したものの、「迫害の歴史」に立ち入るものでもなく、その分国や自治体の責務には言及していない。やまちゃんは、政治家の良識を信じるとボクに語っていたが、土壇場でこの法が再延長されることで、「迫害の歴史を変える」営みの存続を誓った、となることを願ってやまない。
 時を同じくして、生活困窮者自立支援法は「3 年見直し」の時を迎えている。この法の肝が、「個人の尊厳」と「地域づくり」にあったことを考えれば、「アドボカシー」つまり「声になりにくい」当該相談者の権利擁護(尊厳)を、「地域づくり」のタテ糸或いはヨコ糸にしていくという問題意識が求められていると思う。ボクは、「声をあげてきた」部落差別解消法に「個人の救済」が明記されること、或いは「声になってきた」ヘイトスピーチ規制法(条例)に「被害者の救済(訴訟費用の公費支援等)」が明記されることが「呼び水」になると期待したが、そうはならなかった(ヘイト被害者支援の民間基金が大阪で設立されたのは朗報だったが)。
 ともあれ、ホームレス支援法の再延長を求める、わが西成、釜ヶ崎のやまちゃん達の政治へのコミットは、とても意義のあることであり、同じ西成区民として誇らしいと思った。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび123号より 「西成自治区」っておもしろい!
 投稿日時: 2017/04/25
 大阪市が導入を提案している総合区だが、3月の世論調査では、「都構想」33%「今のまま」46%に対し「総合区」は12%と、支持は少ない。知名度も理解度も低いのは仕方のないことで、徐々に理解が広がっていくのだろうが、市民の中には最初のボタンから誤解されている節があるから、一言申し上げたい。
 総合区は現行24区を廃止し、8つに合区するものだから、慣れ親しんだ西成区がなくなるから反対だという意見がある。そうじゃなくて、24区が「地域自治区」にバージョンアップするのが総合区だ。西成区は「西成自治区」となり、そこに今の区政会議が名称を「西成地域協議会」と変えて再設置される(同名の区政会議は総合区に設置される)。この地域協議会には、区民各界各位から委員が選出され、自治区長も選任され、総合区長への意見具申の権利も与えられるから、今以上に区民が市政に参加できることになる。だから、バージョンアップなのである。総合区は地域自治区を束ねる形で8区設置され、西成は住吉、住之江と一緒に「○○(総合)区」となる。頓智問答みたいだが、区と区を「合(併する)区」というより、区はそのままで「総合(する)区」なのである。
 だから、「一番人気」の「今のまま」が良いという市民にとっても、24区が自治区として残るという意味では「今のまま」なんだから、一考に値する総合区案だと思う。今の24区のまま総合区になれば良いという穿った意見もあるが、それは総合区じゃない。公務員や議員にお任せの市政ではなく、市民が観客から選手になるぐらい参加していくことで、もっと必要な市民サービスを創り出していこう、その財源つまり税負担のことも理解しあっていこうという点では、関、平松、橋下、吉村歴代市長の意見にそんなに隔たりはなかった。それほど市民の関心も高まったので、橋下市長が「特別区(都構想)」を住民投票にかけたが、僅差で否決されたので、次の案として総合区が登場したわけだ。
 さらに、総合区の知られざる点は、小学校区を単位にした「地域活動協議会」が設置されることだ。今の「地活協」と見た目は同じだが、行政主導の現在の行政区と違って、市民参加の総合区―地域自治区―地域協議会とつながるわけで、最も身近な小学校区から市政に参加する道筋が敷かれることになる。今宮や萩ノ茶屋では、「エリアマネジメント協議会」と称して既に先行しているから、そんなに突拍子なことでもない。
 さて、最後に、総合区で言う「住民(市民)」とは、住む人、働く人、活動する個人及び団体のことで、外国籍住民も包摂する、そう理解しあいたい。駄洒落じゃないが、総合区とは「総合力を集める」ためでもあるのだ。いろんな人が集まるから摩擦も事件も起こるという心配もあるかもしれないが、いろんな人を認め合えれば、知恵も力も出てくるという面もある。総合区は大阪市の成長戦略にもなると言えば言いすぎかな?

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび122号より 共同浴場の存亡の危機
 投稿日時: 2017/03/24
 皆が貧しかった西成の被差別部落で、部落解放運動主導の共同浴場(文化温泉)が落成したのは1955年で、いわば「民設民営」だった。しばらくして同和対策事業が始まって、「公設民営」の共同浴場は三つに増え、地域内の8つの純民間の銭湯にも入浴費助成が付いた。ところが、2002年に同対法が終結すると、入浴費助成は全廃され、共同浴場は無償貸与されたが有期限となり、廃業時には更地にして返還することが義務付けられた。
 西成の部落解放運動は、廃業か存続か判断を迫られたがNPOを創り、市から貸与を受け、「くらし組合」で高齢者等利用者の受け皿を創り、11の銭湯と通常より100円安い「組合料金」を設け、銭湯離れを防いだ。若くて比較的所得の高い人は流出し、高齢者や困難を抱えた人々が滞留、流入、再流入する西成特有の「一方通行現象」を逆手に取った妙案で、「このまちでは60歳になると風呂代が安くなる」と評判にもなった。
 それから15年、地域の人々も、また銭湯の建物も齢よわいを重ねた。大阪市の人口は「まだら現象」で増減したが、西成の被差別部落では減少の一途を辿った。結果、三つの共同浴場の内一つは廃業に至り、建物の解体除去費用の工面に奔走している。残りの二つも、利用者の減少を食い止めて健闘しているが、増えることはない。建物は時と共に修繕費を膨らませ続けており、繰り言のようだが、公の支援があったがために「オーバーストア」気味の建物になっている分、修繕費に跳ね返った。収入は増えないのに、支出は増え続ける悪循環に陥っている。
 施設の複合利用や複合施設化で収入増を図るべく市に要望を繰り返したが、門前払いだった。そして、大阪市との貸与年数と建物の耐用年数が足音を立てて近づいてきた。人口減少も加速度的に進み、小学校さえ廃校の危機を迎えるに至った。当然のように、経営側は、先行きの見えない中で修繕費用を控え気味になるし、その分利用者からの苦情も増え、間に挟まった従業員はストレスを溜めてしまっている。
 さて、去るも地獄、残るも地獄の状態から、西成の部落解放運動、社会的企業に、くらし組合に続く「二度目の妙案」は閃くのか。二つを一つにする手もあるが、解体除去費用が要る。大型施設の大規模修繕は、先行きの維持費に苦しむ。「スモール」な建物に建替えるには新築コストがかかる。廃業してしまうと地域の高齢者が悲しむ。総合区になれば、市のアタマも変わるか。「富山方式」の多機能型ワンストップ福祉はヒントにならないか。にしなり隣保館の付帯施設にすることで、多目的化施設にすることはできないものか、と苦悩は続く。
 それにしても、1950年代の地域の先達は、共同浴場建設という勇敢な計画を思い立ち、実行に移したものだ。いまさらだが、時を経て、そう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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