ブランコート

都市型デザイナーズマンション

ガラシャ

ガラシャ

アジールコート

なにわ筋と鶴見橋商店街の結節点

ガラシャ

ガラシャ

月刊なび17号より 過激派知事にもの申す
 投稿日時: 2008/05/01
過激派知事にもの申す

 若松孝二監督の映画『連合赤軍』が話題になっている。ボクも観たいと思いながら、リンチのシーンを観るのが恐くて、まだ躊躇している。あの時代、ボクは、角棒こそ持たなかったが、激しく体制を批判していた。「闘争」に夢中だったのは、赤軍派の彼らと変わらなかった。ボクは、テレビで、感極まりながら「府財政再建」を叫ぶ橋下徹府知事が、あの頃とダブった。
 時には若い職員と真っ向から論争し、時には感極まって涙さえ流す。この人は激しい。大阪府の財政再建への並々ならぬ使命感がそうさせているのだろう。それは認めるし、心地よい。でも、あまりに過激派すぎるのではないのか。街かどデイハウス事業というのは、介護を制度にだけ任さず、府民の互助の分野も残しておこうという、なかなか味のある事業だ。地域就労支援事業というのも、生活保護の前に、働くチャンスを見つけ出していこうという、財政難だからこその知恵の産物だ。でも、橋下さんは全廃するという。ボクが理事を務めている府が出資する福祉法人や人権の法人も、ほぼ全廃するという。
 ボクは、知事の過激さが府民の共感を呼んでいると思う。きっと、古い体制に呻吟している若い世代や女性たちが知事にエールを送っているのだろう。でも、知事の次のメッセージ次第では、府庁の中枢を担っているボク達と同年代のオジさん達、あるいは社会でさまざまなポジションにいるオジさん、オバさん達も、あの頃を想い出すかのように、府財政再建という「闘争」に馳せ参じるかもしれない。
 ボクは、平理事に過ぎないが、福祉法人や人権の法人で、それこそ「ゼロベースからの見直し」という「闘争」をやらなければと奮い立っている。「廃止」を宣告された者の、リ・トライだ。そう思わせた知事はエラい。でも、「廃止」はダメだ、知事。それは、あの頃の過激派と同じだ。あの頃、いつも社会は二極に分裂していた。まるで、そうすることが社会発展の力になるとさえ勘違いするほどに。その象徴が過激派だった。財政再建は、すべての人々の、リ・トライへの切磋琢磨の総合力だと思う。それが、知事の次のメッセージであるよう、ボクは、近所の橋下ファンのオバさんに頼んでみる。

月刊なび16号より 「あいりん地区にお花屋さんがオープンする」
 投稿日時: 2008/04/01
ボクが「就労支援会社をつくる」と啖呵を切って、かれこれ半年を過ぎた。ようやく第一号の就労支援会社、有限責任事業組合Wac-LLP(ワック)が、五月に萩之茶屋に、花屋を開店することになった。この会社は、ホームレスやニート等を社員として迎えて、就労を支援する会社だ。あいりん地区のど真ん中に花屋・・・誰もが耳を疑い、苦笑いをしてしまう。しかし、ボク達はいたって真面目だ。ホームレスの人たちが、リヤカーに花を積んで、例えば、風呂屋や住宅、銀行の前などに露店を出すことも考えている。読者は、駅頭で『ビッグイシュー』という雑誌を売っている人を見たことがあるだろうか?あれの花屋版というわけだ。これ、あたる!とボクは酔っているが、いかがなものだろうか?
 このアイデア、実は、西成区の古参の社会福祉法人・自彊館から盗んだというか、合い呼応したものだ。気づいてる人がいるだろうか?自彊館さんは、自分たちの施設の壁などに花のプランタンを設置している。さりげなく、花いっぱいのあいりん地区にしたいと呼びかけているのだ。ボク達は、あうんの呼吸で、「こんなんあったらいいなぁ」とささやき合った。その結果が花屋だった。
 ボクも、五〇の峠を超えたら、ちょっとは肩の力が抜けてきた。社会問題のコツは、流れを変える、そんな一石を投じることだと。社会運動は、あれこれ講釈をしたがる傾向があるが、期待されているのは、そんなことじゃない。この歳になって、やっとわかるようになった。ゴルフのクラブも、こんな風に振れたらいいのだが・・・。ボクは、応援している民主党にも、肩の力を抜いて、そんな一石を投じたらどうだろうと、今度、ボクと同年代の松岡徹参院議員に進言してみるつもりだ。
 ちなみに、あいりん地区のお花屋さんは、いま、お店の名前を募集している。

月刊なび15号より 「限界町会」の優しい町会長さん
 投稿日時: 2008/03/01
 ボクのまちには、実に表現力豊かな人が多い。「歯医者に行くように精神科に通えたらいいのになぁ」、「これからの福祉は、やってあげる、やってもらうではなく、やっていこうだ」等、ボクはこうしたまちの人のつぶやきをパクって生きてきた。また、先頃、こんな話を聞いた。「うちの町会、いま新年度の班長決められずに難儀してますねん、うちは75世帯で、70人が70歳以上になってしもうて、これ『限界町会』ですねん」。なんと、「限界集落」ならぬ「限界町会」、豊かな表現力だ。ボクのまち、西成という密集市街地の、厳しくも、心温まる現実を見事に言い当てているではないか。気づいてくれてるだろうか、それでも班長を決めようと奔走するこの町会長の温かさを。
 その町会が属する小学校区は、すでに、1年生から6年生まで、すべて1学年1クラスで、25人から28人、1学年複数クラスなんてとても望めない。この10年で20%も減っている。これ、もう「限界小学校」?ボクは、ロンドンのテムズ川南岸のコイン・ストリートのまちづくりを訪ねた話をナビに書いた。まちづくりに立ち上がったのは、大都会なのに小学校が廃校になってしまうという危機感からだった。ボクのまちは、いま、そうなっている。
 この「限界町会」は、住宅改良事業指定地区なんだが、地権者の意向が合わないまま5年が経ち、ますます老朽化する賃貸住宅に、高齢者が「囚われ」ている。密集市街地特有の「難問」だ。日々、急で、朽ちかけた階段を命がけで上り下りしながら救出を待っている人がいる。ボクは、優しい町会長の「限界町会」というつぶやきを聞いて、諦めてはいけないと反省した。世の中に解けない「難問」などないはずだと自分に言い聞かせた。
<<なび15号より>>

« 1 ... 48 49 50 (51) 52 53 54 ... 56 »
_