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月刊なび10号より ボクの「被告」初体験
 投稿日時: 2007/10/01
 ボクは生まれて初めて裁判の原告になり、ついでに被告にもなった。大阪市が人権文化センターでの部落解放同盟支部との賃貸契約を、一方的に破棄したのは違法だという訴訟の原告になり、新聞でも報道されたので、最近知人から問い合わせを受けることがよくある。大阪市も間髪を入れずに、立ち退き命令に従えという訴訟を行ったので、一転被告にもなったわけである。
 先日、大阪地裁での第1回公判で、原告席とも被告席ともわからない席に、15分程座って、いろいろなことを思い浮かべた。もう30年以上も前のことだったか、狭山事件が東京高裁第二小法廷で審理されていた頃、ボクは偶然傍聴券をもらい、その時、初めて石川一雄さんを見た。ボクは23歳ぐらいだったと思うので、法廷にいる人の最年少だったはずだ。ボクは、老練なそうな裁判官に「権力」を感じ、元々身体の小さい石川さんの後ろ姿に胸が詰まった。
 30年を経た大阪地裁、ひょっとするとボクが最年長ではと傍聴席を振り返ると、旧知の先輩がチラホラいて、ちょっと安堵した。でも、正面の裁判官の若さに、ボクは戸惑った。ボクは、毎夕立ち呑み屋の暖簾をくぐるサラリーマンのように、当時の解放会館を訪れるおじさんやおばさんのことを思い浮かべていた。法にもとづいて判決を出したら良い。しかし、あのおじさんやおばさんたち、立ち呑み屋のオッさん風の支部を、辱めてはならないと思った。機会があれば、ボクは、若い「権力」に、そう語りかけたいと思った。
<<なび10号より>>

月刊なび9号より 「福祉」の先にある「境地」
 投稿日時: 2007/09/01
 ボクは、城山三郎や吉村昭の「食」のエッセーのファンで、最近は週刊誌のコラムに登場する、糖尿病などの食卓日記なども見落とさないようになった。元来食道楽だし、メタボを気にしてるということもあるのだが、著名な作家などが、ほん些細な食材、献立に一喜一憂し、打ち明け話のように語りかけるエッセーに出会うと、思わず小躍りするような共感を覚える。そんな日は、一日中浮かれた気分になることも少なくない。歳のせいと一言で済ませたくない、ボクなりの「境地」だ。ボクは、「福祉」の先にある「境地」とは何だろうと考えてきた。西成のまちづくりが、かねてから提唱してきた「やっあげる、やってもらうではなく、やっていこうという福祉」の「やっていこう」の境地のことだ。そして、そのボクの思考は、どうも「眠る」「食べる」「喋る」の三つに収斂されてきたように思う。それぞれに「ここちよく」という形容詞を付けると、この境地が伝わるだろうか?こんなことが、社会問題のメッカ西成からのメッセージとは、あまりに「幼児化」だと一蹴されそうだが、ボクはいたって真面目に考えている。多様な住まいづくりやリフォームも、公園づくりも、まつりや音楽などのイベントも、銭湯を守ることも、レストランを誘致したのも、そんな境地に思いを馳せる一喜一憂の一幕ではなかったのか。言うまでもないが、喜びもあれば、憂う日々もあるという、まさに一喜一憂の日々、人生である。
 そして、この秋、ボクは、地域の高齢者のための、くらし組合の「食券食堂」に一喜一憂するのだろう。西成の秋、食欲の秋、まもなく開店だ。

<<なび9号より>>

月刊なび8号より 「世陸」の夏、オタクのボクの40年前の衝撃
 投稿日時: 2007/08/01
 いよいよ8月、世界陸上大阪大会が迫ってきた。ボクは、いっこうに伸びないゴルフのスコアが示すような運動オンチなのだが、実は、四〇年来の陸上オタクなのだ。今回は、そんなボクのモノ知り?の一端を披露したい。

 時は三九年前のメキシコ五輪の陸上競技。誰でも思い当たるのは、走り幅跳びのボブ・ビーモンの8m90というとんでもない大記録、そして、初めて背面跳びを披露したフォスベリー。だが、男子200mで、世界新で金を獲得したトミー・スミスと銅メダルのジョン・カルロスが、表彰台で黒手袋をつけ、靴を脱ぎ、黒いストッキングで、星条旗に拳を突きつけ、即座にメダルを剥奪され、選手村を追放されたことを知っているだろうか。高一だったボクは、テレビを見てて仰天してしまった。その事件以前の、円谷幸吉の自殺がきっかけで、ボクの陸上オタクが始まるのだが、それにしてもに驚いた。オタクのボクは、後に、実は、この表彰台で銀メダルだった白人の豪州選手もこの抗議行動を支持し、人権バッチをつけて表彰台にあがったことや、あのビーモンも黒いソックス姿で、また、400m走で金銀銅を独占した米国選手などは、揃って黒いベレー帽をかぶり、拳を突き出したこと等々を、数年後に知った。その頃、ボクの日課は、狭山事件のデモや署名活動だった。
 あれはもう、いや、まだ四〇年前の出来事だ。世界で、日本で、人々は差別というものを熱く語り、そして行動した。行動の是非はともかく、トミーたちは、トップアスリートで、ソーシャリスト(社会運動の参加者)だった。それが、何とも心地よい。この夏、ボクの誘いに乗り、酔って、ボクをトミーなどと呼んだら要注意。二日酔い間違いなしですゾ。

<<ナビ8号より>>

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