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月刊なび119号より 部落差別解消法に思うこと
 投稿日時: 2016/12/28
 部落差別解消法が成立した。同対法から15年の法空白期に、インターネット上に部落の所在地や人名まで暴かれる差別も惹起しており、この法が抑止力になることが期待される。しかし、30年来の部落差別の禁止や救済等を求める国民運動があり、与野党問わずの真摯な議論もあったのに、あまりに省約されてしまった法案と審議だったのは残念で、モヤモヤ感が残った。
 先の通常国会では、解消法が、ヘイトスピーチ法やLGBT 法など幾つもの人権法案と一緒に提案されたことから、民進党の山尾政調会長(当時)は「政権延命、憲法改正のリスクヘッジ」と警戒を口にした。自民党の稲田政調会長(当時)は「心配し過ぎ。人権法だと憲法に抵触するから個別法にした」と反駁した。稲田さんの方に力があったが、山尾さんの指摘も間違っていなかった。
 さて、この解消法がどんな影響を与えるか、焦眉の課題である隣保館で考えてみた。法空白の15年で一千ある隣保館にも「スクラップ」の重圧がかかっているようだが、この法は、自治体の撤退への抑止力にはなりそうな気がする。一方、格差や多様化で取り組むべき地域課題が広がった隣保館を、住民参加で発展させようという「公設置民運営」の議論も起こっている。しかし、解消法は、この「ビルド」政策の追い風にはならないようで、民運営隣保館も補助対象にできる隣保館設置基準の改定には結びつきそうにない。
 法成立後、「解消法を活かすも殺すも運動次第」とやたら聞こえるが、これからの運動はどんなものだろう。まず期待されるのは被害者救済だが、「部落差別」を冠した解消法が足かせになるから、人権侵害被害者救済法に向かうのだろう。稲田さんが人権法(差別禁止法)は憲法に抵触するというのなら、いっそのこと、護憲から「人権改憲」に舵を切らなければならないのかもしれない。民進党や運動団体がそこに立ち入ったとしても、頭越しに反対する気はない。
 ここまでは部落問題の「ルールづくり」の運動で、部落問題には、もう一つの運動として「まちづくり」がある。同対法終結からの15年で、部落にもNPO や社会福祉法人ができ、多種多様な市民活動が育ち、まちづくり運動も「多元化」してきた。その分、部落間格差も生じ、運動も分散化しがちになった。「多元化」は好ましいことで水を差す気はないが、響き合う「統合(「共生」が良いか?)」のテーマは必要だと思う。水平社宣言のテーマは「人間の尊厳」で、これなら部落は勿論、社会と響き合うと確信し、「集団運動を興せるはむしろ必然」と吹っ切れた。では、いまそのテーマは何なんだろうと考えていたら、社会学者の宮本太郎さんの「社会保障から共生保障へ」という問題提起に出会った。共生保障(制度ではないところに意味がある)を求めて、一支部一社会的企業を興せるはむしろ必然、となるのか?そのうち、『なび』でも共生保障の意味を紹介してみたいと思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび118号より 「働く場」を広げるために
 投稿日時: 2016/11/22
 ボクは「ソーシャル・ファーム・ジャパン」という団体の運営委員を務めているのだが、そこの代表の炭谷茂さんは、最近、国会で「ソーシャル・ファーム法」を創るチャンスが来たと奔走されておられる。
 何故そうなったのかから話すと、いま話題の小池百合子東京都知事は「つかみ」の上手い政治家だが、環境大臣の時、環境省事務次官だった炭谷さんの提案をつかんで「ソーシャルファーム推進議員連盟」の初代代表に就かれた。そして都知事選挙でも「ソーシャル・ファーム都条例」を公約に掲げられた。小池さんの知事転出後、後継の議連代表となった田村前厚労大臣が、この法の議員立法化をめざそうとなった、というわけである。ちょっと似た話だが、静岡県富士市では「ユニバーサル就労推進議連」ができて、近く条例を市議会に上程するそうだ。
 ソーシャルファームとは何かと説明するのは難しい。「ファーム」は農場ではなく「働く場」の意味だが、通常の企業とはちょっと違う。福祉(作業所)でもないから、いわば「第三の働く場」となる。障害者など「働くことに困難を抱えた人」とそうでない人が「共に働く場」である。ユニバーサル就労というのも似た趣旨で、働くことに困難を抱えた人に働きやすい環境を提供することは、誰もが働きやすい職場になるという、いわば「支援付き就労」という意味だ。
 「実社会」というが如くで、「学ぶ(福祉)」と「働く」を別々に考えるのが日本の常識だったが、この際、発想を変えて、一体でやってみようというのがこの試みだ。「働く意欲は、働くことから」というわけで、企業と福祉の両方の常識を破ったことになる。頭を柔らかくしてみると、ありそうな話だ。要は、利益分を初めから福祉(教育)に再投資することを盛り込んでおくから、通常企業のような内部留保とか株主への配当はないわけだ。その分、財務評価は低いし、銀行からの融資とかが受けにくくなる。そこで、この法や条例はソーシャルファームに公費助成を求めるものじゃなく、認証して欲しい、ソーシャルファームというパスポートを与えて欲しいというものだ。NPO 法が非営利社会活動へのパスポートなら、ソーシャルファーム法は、利益の社会再投資型事業体へのパスポートというわけだ。
 小池都知事のことだから、都の発注事業に「東京の闇」があるのなら、いっそのことソーシャルファームに発注するなんて「つかむ」かもしれない。理に適った話じゃないか。四の五の言わずサッと通してあげたら良いじゃないか、ボクはそう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび117号より さぁ、総合区が始まる!
 投稿日時: 2016/11/09
 もちろん、政治の世界の一寸先は闇なんだが、松井知事(維新代表)が、総合区を先行実施しても良いと明言し、合区についても維新(5区案)も公明(12区案)も自説に固執しないそうで、自民も総合区賛成だから、2年半後の大阪市議府議選は総合区最初の選挙となるかもしれない。仮に5区案なら市議は一区16人前後で、総合区常任委員会を構成することになり、区長は任命でも議員は選挙で選ぶわけだから、都構想を半ば実現したことになり、政令都市大阪市も存続するのだから、過日の住民投票の民意を反映した見事な着地になる。
 それなのに、マスコミの総合区の記事はシステマチックで、議論がいたって無機質なのは何故か。そんな折、鈴木亘さんが『経済学者、日本の最貧困地域に挑む』という本を出版した。鈴木さんは西成特区構想担当の大阪市特別顧問だった人だが、鈴木さんを総合区長だと想定して読むと、この本は想像力を掻き立てられて面白い。もちろん、「西成特区」は実際は「あいりん特区」という限定的な政策だったが、鈴木さんがボーリングに例えて「構想はセンターピン」と表現したように、西成区域や広く大阪市域への波及性を思い描いていた。
 廃校の危機に瀕した二つの小学校と一つの中学校を「いまみや小中一貫校」に統合したのは、その象徴だった。隣接するわが地域の二つの小学校も統廃合の危機にあるわけで、この「センターピン」の先行例は参考になる。貧困家庭への「教育バウチャー(いわば、使途の決まったクーポン)」も、福祉の発想を転換するものだった。「あいりん総合センター」というのはこの地域にしかない、住民にとってはいわば「迷惑施設」。その建替問題を地域住民が広く参加する「まちづくり会議」に丸投げするという手法も発想の転換だった。鈴木さんは、あいりん地域を「領有権の設定されていない漁場」に例えたが、地域の実際の居住者に領有権を付与して決定を委ねる手法は功を奏した。ごみ問題等都市課題へのアプローチを示唆するものだった。そして、行政と市場に対する住民側のハンディを補完するために「エリアマネジメント協議会(自治の経営体)」や「まちづくり合同会社」の設立を応援したことも、自治への「持続可能な住民参加」を示唆したものだった。
 橋下さん(前市長)はTV のコメンテーターになっても面白い人で、「そもそも自治体は歳出ばかり議論するけど、政策を実現する新たな税金を徴収できることを忘れている」とコメントしていた。たしかに、欧州の自治体は、歳出だけじゃなく歳入、つまり課税も毎年議会で決めてから徴収するから、俄然住民の関心は高まることになる。総合区は何でもできるとまでは言わないが、これまでの常識を超えていくまたとないチャンスになることは間違いない。学校の統廃合に象徴的な「縮む地域」など、いま、都市は常識を問い直さなければならない時代を生きている。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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