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月刊なび121号より 地域自治区と総合区で大阪市が分権都市に変わる
 投稿日時: 2017/02/21
 ようやく、大阪市を残したまま都市内分権を推進する「総合区」の骨格と日程が明らかになってきた。現行24行政区を単位に「地域自治区」制度を導入、意見具申権」を付与するとともに、総合区役所とならない区役所を「支所」として存置する。行政区単位は「一般市並み(人口30万人程度)」の事務を執行する8区に合区する「総合区」を設置、総合区長に「予算提案権」と様々な行政サービス(子育て施策、道路・公園の維持管理等)の執行権を付与するとともに、議会の「総合区常任委員会」と住民参加の「区政会議」も設置する。
 日程的には、3月に総合区「区割り(8区)案」が公表され、夏には総合区の「制度案」が示される。遅くとも2018年2月には総合区設置の関連議案が議会に提案される予定だが、公明党は「遅すぎる」と注文を付けている。ともあれ、可決されると、その一年後(2019年4月)の市議・府議選挙は、総合区割りでの初めての選挙となる。
 ただ、吉村市長は、「総合区に特別区を便乗させたい」ようで、4月には「法定協議会」設置の可否を議会に問うようだ。さらに、来年2月に総合区関連議案を採決しても、秋に予定している特別区の住民投票まで凍結しておく腹づもりのようだ。維新を慮っての折衷案なんだろうが、吉村市長のかじ取りは複雑系だ。しかし、総合区への共感が広がることで、民意に従って、最後は住民投票を思いとどまってくれると期待する。
 また、合区の議論は現時点を起点とするなら拙速感は拭えないが、都構想議論を起点と考えるなら、それなりに時間をかけてきたとも言える。「合区なき24総合区」案の自民党も、これからの議会での議論を経て、「総合区を実現」で収斂してくれるものと期待する。
 裏話みたいな噂話だが、2019年4月の市議・府議選について、公明党だけが総合区区割り選挙の準備を進め、他党は現行24区選挙を想定しているそうだ。「合区なき総合区」案の自民党や、「現状維持」の共産党は当然なのかもしれないが、不思議なのは維新で、特別区の住民投票で「空白」ができるので、総合区区割り選挙に「間に合わない」との予測だそうだ。維新らしからぬ「退路を断たない」態度だ。
 橋下市長( 当時)は、2015年5月17日の住民投票を「一度きりの決断」と市民に判断を求めたが、終わってみれば、通過点(どちらかというと番外編)だった。今度こそ、ホントの決断の時だと思う。大阪市が総合区と地域自治区を併用した「分権都市」として再出発する、そのチャンスの時だ。この4月に、できることなら法定協議会設置が否決されるか、さもなくば、来年2月の総合区設置議案採決とともに、特別区住民投票が断念もしくは延期されるか、市民の意見をちゃんと表明すべき時が来る。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび120号より 他者を思いやる想像力で、新しい年を生きる
 投稿日時: 2017/01/26
 過ぐる2016年を概観して思い浮かべたのは、「空に消えていった打ち上げ花火♪」という歌詞だった。
 障害者差別解消法は「合理的配慮」を明記した画期的(花火のよう)な法律だったが、その後の盛り上がりに欠けた。軽介護を介護保険から地域事業に変えるというのは、賛否はともかく転換になると思ったが、尻すぼんだ。生活困窮者支援も期待通りには広がらず、何だか「こども食堂」へと目移りした感がある。唐突だが、米国初の女性大統領誕生かと思われたが、失速したし、わが国でも「民進党」と党名を変え、蓮舫という女性党首を迎えたのに、空回りした。ヘイト法や部落差別解消法が成立し、LGBT法やフリースクール法等も俎上に載ったが、突破力のある政治家やリーダーは見えなかった。鹿児島とくに新潟知事選では原発が争点化し、少なくとも連合という労働団体は紛糾すると思ったが、そうでもない。橋下さんが口火を切り、各党も同調した教育の無償化も一気に財源論にまで踏みこむのかと思われたが、打ち上げ花火の如くだった。
 もちろん、何事も一朝一夕に行くものではなく、新しい年に引き継がれていくとは思うのだが、この消化不良感は一体何だろう?
 一つは、万事に当事者感が薄い気がする。口幅ったいが、米国の女性たちは選挙戦略を見誤ったのではないだろうか? 与党というか、自民党というのは、世論を取り込んでしまう癖がある。やっぱり、時に意固地なほどの当事者運動を野党が掘り起こすことが、法律(仏)に魂を吹き込むのだろう。沖縄の反基地運動は、いかにも対照的だ。生活困窮者支援も支援員が当事者を代行しすぎる気がする。自治体も分権の前に、分散しがちになっているのかもしれない。
 もう一つは、他者を自分に置き換えてみる想像力が欠けている気がする。「合理的配慮」も障害者だけとみると、「配慮」という上から目線が気になるが、これを多様な人々の権利に広げて考えると、「気配り」という水平になる。原発で働く人や家族とその労働組合が葛藤するのは当たり前で、「連合は堕落した」なんて言わずに、民主主義に良い方途はないものかと、一緒に模索することが有意義ではないかと思う。
 政策に当事者性を持たせることと、他者を自分に置き換えてみる想像力、その顕著な営みを「政治」と言い、それは文学にも似ている、ボクはそう思ってきた。つまり、政治が不在な分、文学がないのと同じように無味乾燥なのだ。蓮舫さんは、二重国籍問題で出鼻を挫かれた感があるが、与党vs野党を超えた女性という目線で、すべての政策を問い直したら良い。沖縄とそれ以外、障害者とそうでない人、原発と生活者、権力とは少し違う自治体という存在も、そうした想像力によって、硬直を打破したいものだ。そんな徒然の感慨を、遅ればせの新年の抱負としたい。

株式会社ナイス 
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび119号より 部落差別解消法に思うこと
 投稿日時: 2016/12/28
 部落差別解消法が成立した。同対法から15年の法空白期に、インターネット上に部落の所在地や人名まで暴かれる差別も惹起しており、この法が抑止力になることが期待される。しかし、30年来の部落差別の禁止や救済等を求める国民運動があり、与野党問わずの真摯な議論もあったのに、あまりに省約されてしまった法案と審議だったのは残念で、モヤモヤ感が残った。
 先の通常国会では、解消法が、ヘイトスピーチ法やLGBT 法など幾つもの人権法案と一緒に提案されたことから、民進党の山尾政調会長(当時)は「政権延命、憲法改正のリスクヘッジ」と警戒を口にした。自民党の稲田政調会長(当時)は「心配し過ぎ。人権法だと憲法に抵触するから個別法にした」と反駁した。稲田さんの方に力があったが、山尾さんの指摘も間違っていなかった。
 さて、この解消法がどんな影響を与えるか、焦眉の課題である隣保館で考えてみた。法空白の15年で一千ある隣保館にも「スクラップ」の重圧がかかっているようだが、この法は、自治体の撤退への抑止力にはなりそうな気がする。一方、格差や多様化で取り組むべき地域課題が広がった隣保館を、住民参加で発展させようという「公設置民運営」の議論も起こっている。しかし、解消法は、この「ビルド」政策の追い風にはならないようで、民運営隣保館も補助対象にできる隣保館設置基準の改定には結びつきそうにない。
 法成立後、「解消法を活かすも殺すも運動次第」とやたら聞こえるが、これからの運動はどんなものだろう。まず期待されるのは被害者救済だが、「部落差別」を冠した解消法が足かせになるから、人権侵害被害者救済法に向かうのだろう。稲田さんが人権法(差別禁止法)は憲法に抵触するというのなら、いっそのこと、護憲から「人権改憲」に舵を切らなければならないのかもしれない。民進党や運動団体がそこに立ち入ったとしても、頭越しに反対する気はない。
 ここまでは部落問題の「ルールづくり」の運動で、部落問題には、もう一つの運動として「まちづくり」がある。同対法終結からの15年で、部落にもNPO や社会福祉法人ができ、多種多様な市民活動が育ち、まちづくり運動も「多元化」してきた。その分、部落間格差も生じ、運動も分散化しがちになった。「多元化」は好ましいことで水を差す気はないが、響き合う「統合(「共生」が良いか?)」のテーマは必要だと思う。水平社宣言のテーマは「人間の尊厳」で、これなら部落は勿論、社会と響き合うと確信し、「集団運動を興せるはむしろ必然」と吹っ切れた。では、いまそのテーマは何なんだろうと考えていたら、社会学者の宮本太郎さんの「社会保障から共生保障へ」という問題提起に出会った。共生保障(制度ではないところに意味がある)を求めて、一支部一社会的企業を興せるはむしろ必然、となるのか?そのうち、『なび』でも共生保障の意味を紹介してみたいと思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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