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月刊なび112号より 人権法を改憲に絡めとられないように
 投稿日時: 2016/06/01
 障害者差別解消法が4月に施行されたのに続き、ヘイトスピーチ対策法、部落差別解消法、LGBT(性的少数者)対策法、高齢者年齢差別対策法等、多様な人
権法案が議論されている。婚外子差別に係る民法規定違憲判決や、ハンセン病隔離法廷最高裁謝罪もあり、発生から60年を迎え水俣病差別も見直されている。ボクは、フリースクール(不登校等児童支援)法も一種の人権法になるかもと期待してきた。同一労働同一賃金の議論も広く人権に係っているとも言える。ともあれ、これだけの「人権法案」が一堂に議論されることは珍しい。
 人権法案だからと言って、内容に問題がないわけでもないし、成立に辿り着くかの懸念もある。例えば、部落差別解消法は、「部落」という冠語がなければ何の差別なのかわからない「能面な」理念法に見え、せめて「審議会」設置等付帯決議で補完してほしいと願う。フリースクール法は、学習支援計画の可否によって義務教育課程に算入するという肝の部分を、与党側は「かえって不登校を助長する」からと削除する意向で、これでは不登校児童も「福祉の対象」と矮小化されそうである。「LGBT 法」は、稲田朋美自民党政調会長が「多様性を認める」
と踏み込んだが、与党内には頑迷な反対論が根強いようで、成立のハードルは高そうだ。
 振り返って、過日の大阪市ヘイト条例可決の際、橋下前市長提案にあった「被害者の訴訟費用の公費負担」という骨のある原案が削除されたのは、いかにも残念だった。ボクには、ヘイト条例がやっと成立したというより、「大きな魚を逃がした」感が残った。この大阪市条例の攻防が、そのまま国政に引き継がれてしまい、「(この政治状況では)一歩前進」、はたまた「この機を逃がしたら」の圧力が、人権法案を骨抜きにしてしまいそうな懸念がある。
 橋下さんの最後っ屁みたいな提案はもう一つあった。憲法の「義務教育」を「教育の無償化」に変えるというのだ。呼応するように吉村後継大阪市長が「5歳児教育費無償化」を提唱し、ボクは、フリースクールの義務教育算入の論拠もこれだと、思わず膝を叩いたが、あからさまな「改憲との引き換え」に強い危惧も感じた。橋下さんは、歯に衣着せぬ人だが、安倍さんは違う。でも、どちらも
改憲への「翼賛化」として人権法案を急いでいると思う。安倍さんは橋下さんと違って、国民に問いかけることはしない、つまり陰険なだけだ。
 これだけ一強多弱だと本末転倒しがちだが、人権法案で譲られないのは「当事者」の民意であり、法制定の段階でも、法を進行管理する段階でも、これは尊重されなければならない。だから、公聴会等開かれた意見聴衆の場は不可欠だし、審議会(当事者参加の)設置も不可欠だと思う。その点では、当事者を代表する社会運動はもっとラディカルで、ある意味頑固であったら良いと思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび111号より 市民も「当事者」に加わるのが障害者差別解消法
 投稿日時: 2016/06/01
 障害者差別解消法が4月1日から施行された。2014年に批准した国連の障害者権利条約に合わせた法整備の一環だ。この法で、国や自治体、民間事業者は、障害を理由にした不当な差別的取扱いを禁止される。また、障害者が直面する壁を取り除くための「合理的配慮」が、国や自治体には義務づけられる。ただ、「合
理的配慮」は「過度の負担にならない範囲」とされ、「努力義務」に止まるため民間事業者の対応がどこまで進むか心配する声も多い。さらに、障害者個々の相談や救済にあたる機関の設置は法文化されず、大阪府など自治体は条例を独自に設けて対応する。
 日本の障害者福祉は、敗戦直後の焼野から出発し、当初、「施設」に代表される「措置」だったが、「隔離」という副作用も残した。1970年代から、障害者運動が高まり、次第に「制度」が整備され、2012年障害者総合支援法が成立し、「利用者本位」の制度体系が整ったかに見えた。施設から制度への「処遇」の法整備の一方で、「差別」そのものを対象にした法整備も併走してきた背景には障害者運動があった。
 昨年施行された生活困窮者自立支援法の場合には、福祉と労働の間に橋を架ける「中間的就労」が新法の肝だったが、障害者差別解消法の場合、「過度の負担」と「合理的配慮」の間に架ける橋は、「努力」という名の社会運動だとボク
は思う。ともすれば「差別のない状態」即ち「解放」とは、遠い先の理想郷とみなされがちだったが、この法は、禁止(公共)及び努力(民間)と使い分けたとはいえ、差別はいま現実に克服すべき社会課題だと規定したことに画期がある。
 ボクは、施設を求めた「当事者の声」のシンボルに、脳性まひの娘さんの父親であった作家の水上勉さんの手紙『拝啓、池田総理大臣殿』を思い浮かべ、制度を拡充させたシンボルに、脳性まひ者の「青い芝の会」というラディカルな「当事者運動」を思い浮かべる。そして、障害者差別解消法の成立は、「当事者(運動)」が障害者だけでなく「共に生きる」関係者へと広がったことを意味しているという意味でも画期であると思う。皮肉なことだが、青い芝の会のような障害当事者運動は弱く、小さく見えるようになるだろうし、現にそうなりつつあると
思う。その分、「共に生きる」「共に働く」障害者運動が力強く、大きくなっていって欲しいと願う。それは、部落解放運動にも通底するもので、多少言い過ぎかもしれないが、障害者運動より発想がちょっとマッチョで、組織が硬直している気がしてならない。障害者差別解消法に至った障害者運動を他山の石にして、様々な社会運動が「当事者(運動)概念の拡大」を思い描くことだ思う。ボクは、水上勉さんも、青い芝の会も、礎を築いた人だったと尊敬する。
 障害者差別解消法も生活困窮者自立支援法も、社会運動のあり方によって価値化される、ボクは、そう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび110号より 大先輩の示唆 
 投稿日時: 2016/04/04
 民主党政権の失敗と安倍政治の登場、そして橋下維新への惨敗後の「焼土の大阪」を覆っているのは、ダジャレみたいだが、社会運動の政治への「不感症」と、市民との、また社会運動間の「不干渉」で、それがどんどん広がっているとボクは心配している。そんな焦燥の日々に、社会運動の師と仰いできた横田克己さん(現生活クラブ生協名誉顧問)の難解だが痛快な講演録に出逢った(『参加システム』3月号)。
 社会の閉塞感を象徴するテーマに「老後不安」があるが、横田さんは「老後楽観」は可能だと言う。人は物心ついてから亡くなる直近まで働き続ける。ただし、「雇用労働」だけでなく「ボランティアワーク」や「コミュニティワーク」という3つの働き方で、それが1つ。人はまた人生を通してお金とつきあう。ただし、お金を「所有」するだけでなく、「回す」というつきあい方は見落とされがちだ、これが2つ。そして、人は「人との関係性」のあり様でも人生を大きく変えてしまう、これが3つ。この3つのほど良いバランスが「楽観」の源になる。また、「サービス」には「自分の外にある一つの価値」を「買い取る」という語感があるが、「互助」には「相手と自分の内面も含む複合的価値」を「交換する」という意味があり、それによってはじめて「福祉整合性」が担保される。
 それに対し、国の「地域包括ケア」は、介護保険の要支援の1と2を自治体に放り出して、失政のツケを「互助」に払わそうという魂胆で、政策破綻を取り繕うある種の「政策偽装」だと横田さんは憤る。だが、横田さんはそこに反転攻勢も見て、①民間資格のソーシャルワーカー育成、②ワンコインの有償ボランティアのチーム編成、③地域の結節点に「たまり場」を創る、というアイデアを示している。生活クラブの「参加型福祉」30年で培った「場」とソーシャルワークの「技」を、タテ糸とヨコ糸にして地域に落としてみるというアイデアの根拠も示している。「大阪にも、同和対策事業を経たまちづくり型部落解放運動がある。民間隣保館は先駆けじゃないか」と肩を叩かれた気がした。
 そして、社会運動にいま不足している資源は、「人・物・金」ではなく「ノウハウ」だと警告している。ボクは「ノウハウ」の領域に、政治参加や社会運動の交流もあると理解し、社会福祉法人の「非課税分地域再投資」や、大阪市の「総合区」議論に入札改革を重ねることなどを思い描いた。
 何とも原理的な議論と思われるだろうか? しかし、ボクは、橋下旋風の只中の井戸端会議や赤提灯で、そんな硬派な議論が花咲いていたことを何度となく見てきた。硬直して旧態依然だったのは、むしろ維新以外の政党であり、伝統的な社会運動の方だった。3年後の統一地方選挙辺りが目標か、コミュニケーション力を磨いて社会運動の再生に取り組みたいと、あらためて思った。近いうちに、横田さんを訪ねてみたい。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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