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月刊なび146号より 市民参加は面倒くさいか
 投稿日時: 2019/04/01
 この拙稿がお目見えする頃には統一地方選も終わっている。残念なことだが、大阪の主役はまたまた維新だった。歯痒い思いをしながらボクは振り返った。
 橋下さんの人気が最高潮だった頃、「冨田さんはいつも市民参加と言うけど、私は自分ではやりたくないし、時間もないから、高い税金を払って公務員や議員に任せているつもり。ボクに任せて一票入れてくれと言ってる橋下さんの方が分かりやすい」と、知人女性は語った。あれからもう8年かな? 次第に橋下さんの言は「ボク」が「ボク達」になり、大阪では強靭な橋下チルドレン、維新議員達が跋扈した。知人女性には満足な8年だったのだろうか、今度も維新に投票したのだろうか。
 知人女性はどっちでも良いと言っていたが、もう一つの橋下さんの分かりやすさが大阪都構想だった。しかし、都構想は、分権はそっちのけで、次第に市場頼みの虚言に変質した。幸いにも、インバウンド景気や安倍さんが取り込んだ教育無償化に、大阪万博というある種の「外因」が橋下維新の虚言を救った。維新は強運だった。
 しかし、皮肉にも「一票」が維新を袋小路に追い詰めた。選挙マジックが擦り減りはじめ、「もう11月(知事・市長の任期)まではもたない」、ただそれだけが理由の前倒しクロス選挙になった。維新は味噌をつけた、ボクはそう思った。
 一方で「市場頼み」も翳りを見せ、公共サービスの民営化も疲弊し始めてきた。効率性を重んじる民営化に、ボクは当事者性を活かせる「市民営化」を対案化してきたが、現場は羅針盤のないまませめぎ合っている。外国を引き合いに出した「再公営化」なんてのも出始めた。都構想の各論がきわめて乏しい維新は、次第に現場の議論から遠ざかった。この問題を今度の選挙の争点にしようという政党はなかった。
 ボクはかの知人女性にまだ返答していない。
 外交と医療と年金以外の公共サービスはすべて自治体が担っているのが日本の仕組み。当然、自治体のサービスは増えるし、その内容も変化する。あまりに小分けされた自治体の単位では非効率にもなるし、専門性も追いつかなくなる。一方で大阪市のような大都市では目が届かなくなるし、不公平も生じる。都構想などの制度変更の議論が起こる所以がある。
 しかし、そのサービス一つひとつを解析していくと、やり方一つで随分満足できるものにすることもできる。その総論に分権とか自治体共同とかの制度論もある。自治体というのはまだまだ未開拓な分野で、市民は思わぬ幸せを得られるかもしれないし、その逆もある。そういう思考回路のことを「市民参加」という。ボクの説明はまどろっこしいが、8年経って、かの知人女性に話してみたいと思った。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび145号より 「共生雇用率」なんて夢を見たい
 投稿日時: 2019/02/28
 2月16日と17日の2日間、大阪で「ソーシャル・ファーム・ジャパンサミット」が開催された。大阪府議会で「ユニバーサル就労条例(仮称)」が審議されている最中の時機を得た催しだった。
 国の省庁による前代未聞の障害者雇用率の改竄は、厳しく糺されなければならない問題である。しかし、その解決策が雇用率さえ達成すれば済むという「駆け込み雇用」であっては絶対ならない。この際、省庁での障害者雇用が共生社会への先駆になって欲しいと思うから、ボクは「共生雇用率」なんて試論を提案している。
 ユニバーサル就労条例の骨格となるのが総合評価入札で、その配点は、価格50点、技術14点、環境6点、福祉30点の百点満点。とくに福祉の内訳に注目して欲しいのだが、①雇用率は最大6・6%(法定雇用率の3倍)まで加点され、②契約当該現場の雇用率は20%(法定雇用率の10倍)が最高点で、5人に1人は障害者が働くことになる。③就職困難者つまり非障害者の雇用にも加点され最高9点。④それぞれに支援メニューと経過観察も審査される、つまり企業の就労支援力、雇用管理力が評価される。
 どうだろう、「共生雇用率」がどんなものか想像してもらえないだろうか。発注者と受注者が対等な関係で、障害者雇用も含む契約を結ぶビジネスモデルなの
だが、それは共生社会モデルを先取しているとは言えないか。しかも、それが⑤もう15年続いてきたということ、また、15年の実績を検証して⑥公共現場の先駆を条例によって民間現場にも広げようとしているということ、省庁にはここにも注目して欲しいものだ。
 ところで、大阪方式の総合評価入札の導入は15年前なんだが、聞くところによると、EU(欧州連合)議会が「留保契約(競争を留保してでも社会課題を優先するという意味)」を明記した公共調達指令を加盟国に発したのは2014で、オランダが「社会的便益(つまり総合評価)」を定めた公共調達法を制定したのは2012年。入札改革は大阪方式より10年遅れたが、法律や条例になったのは日本より先行している。お隣の韓国も近く「社会価値法」として法律になるそうだ。そういえば、随分前に英国から総合評価入札の視察団が来たし、韓国からの視察も片手では足らない数だった。雇用など社会政策を総合評価入札によって契約条項にすることは、世界的な課題になっているわけだ。ひょっとすると、日本モデル、大阪モデルとして参考になったのではないかと想像すると、共生社会がグッと身近に感じられる。
 総合評価入札やユニバーサル就労条例が創り出す新しい働く場、地域のまちづくりの中からも新しい働く場が創り出され、それらを「ソーシャルファーム」と総称しながら、共生社会への想像力を高めあう大阪サミットになっただろうか?

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび143号より 『千鳥百年』を知った
 投稿日時: 2018/12/28
キノハノヲチタ カキノキニ
オツキサマガナリマシタ

お寺でひろつた おちつばき
あんまりきれいで 母ちゃんの
おみやに つないでかへつた

 短いのに何とも深い自由詩だ。この詩の作者は田中千鳥、山陰地方で大正年間を生き、7歳で逝った。5歳で詩を習い、わずか2年の間に80編を詠み、母が『千鳥遺稿』として残した。その存在を知る人は僅かだったが、『未来世紀ニシナリ』を撮ってくれた田中幸夫監督が『千鳥百年』という映像にした。それでボクも千鳥を知った。言葉が映像になれるのかなと疑問だが、田中監督は「記憶映画」にしたと言ってるから期待したい。表題に「一日は長い、一年は短い、一生はもっと短い」と記したのは、旧知の山田哲夫さんかな?唸らせる。
 ボクの記憶に障害を持つわが娘の保育所時代が蘇った。その頃集団に溶け込みにくかった娘は「足のこといわれると、言葉ひっこむねん」と呟いた。何とも短いが深い言葉としてずっとボクの記憶に残っている。自由詩というのは何にもとらわれず感じたままを言葉にするのだが、そこに現れる空白が魅力的だ。障害を持って社会に加わったばかりの娘と友達の間には、まだ先入観のない広い空白があったのだろう。それを想像すると胸が詰まったが有意義でもあった。幼い千鳥の療養生活もまたそうだったのか。いっぱいの想像を巡らし言葉にする千鳥の「1日は長く」有意義で、彼女は短い時空を駆けた。
 千鳥の生きた大正年間は、千鳥の人生と同じように短い。明治と昭和に挟まれて忘れ去られそうなほどだ。しかし、この時代にかの水平社も駆けた。様々な社会運動も芽生えた。まだいっぱいあった空白に夢を描けた時代だったのかも。ボクの知識が浅薄かもしれないが、日本の自由詩も大正の頃に登場したはずだから、幼くとも千鳥は先駆だったことになる。先駆の千鳥の見たオツキサマが、我が先駆の水平社が見た人の世の光と重なる。
 卑近な話だが、政治や社会運動の文言に自由詩はなく、比喩すれば「七五調」になる、形式に流れる。その分空白がない。だから「保育所落ちた、日本死ね」なんて呟きにも目くじら立てた。障害者雇用改竄でも「移民法」でも想像力が乏しい。ボクは法定雇用率に代わる「共生雇用」や、外国人の参政権を想像する。間もなく選挙のシーズンになるが、自由詩のように政治や社会課題も謳ってみたいものだと思う。
 ボクがこの拙文を映像を観ないまま書いてるのは、ネタに困ったからではない、とてもワクワクしてるからだ。近いうち『千鳥百年』の上映会をやってみたい。

株式会社ナイス
冨田 一幸

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