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月刊なび134号より 「我が事丸ごと」に想うこと
 投稿日時: 2018/04/02
 振り返って、1999年に社会福祉の基礎構造改革が提唱され、2000年12月には「社会的援護を要する人々への社会福祉のありかた」が発表された。その頃、大阪府は未曾有の財政危機にあったが、「まちかどデイ(介護予防)」や「行政の福祉化(施設や事業の福祉活用)」、「地域就労支援事業(雇用の中間支援)」などの改革に取り組み、功績を今日に残した。2002年の同和対策法終焉の善後策を探っていた部落解放運動は、この改革に共感し、在野で少なからぬ役割を担った。ボクもその渦中にいた一人だった。
 20年近い歳月を経た現在、厚労省は「我が事丸ごと」というフレーズで地域福祉を改正社会福祉法で再定義した。社会保障給付額が20年前のおよそ2倍にも膨れあがった国の財政事情が背景にあり、自治体や地域への「他人事」「丸投げ」という「上からの地域福祉」との懸念は拭いきれない。一方で、この20年、自治体や地域からの「下からの地域福祉」が成熟してきた紛れもない事実も背景にある。財源を置き去りにしたままの「厚労省の総務省化」であっても、この改革の機会を逃す手はない。「隣保館の再生」というリアルな目標を持った部落解放運動も、この改革にコミットしてほしいものだと願う。その渦中にいる解放運動の仲間は、多数、多分野に広がっている。
 この社会福祉改革のポイントは二つに絞られると想う。一つは、縦割り福祉を包括型福祉に変えるということなんだが、肝は「人材」だ。単体の福祉でも人材が枯渇しているのに、包括型となれば人材不足は深刻だ。ちょっと唐突だが、自治体もいつまでも「公務員」だけじゃなく「自治体職員」の登用に踏み込むべきだと思うし、社会福祉法人も「法人経営」から「地域経営」へと踏み出すことではないかと思う。NPOや社会運動もまた、「中間支援」への問題意識を広げて、どの領域が先駆をとるか競い合ってほしいものだ。
 もう一つのポイントは「住民参加」。ここでは、あれこれの方法論に先立って、「民主主義のつくり直し」が肝になると書いておきたい。民主主義とは「みんなの問題をみんなで決める」システムのことで、住民参加の原点だ。「みんなの問題」の「みんな」は「当事者性」のことで、社会福祉では「受益」のことだ。「みんなで決める」の「みんな」は「関係性」のことで、社会福祉では「負担」のことだ。そのシステムを間接民主主義に任せてきたが、国のことはともかく、身近な地域や自治体のことなら、もう少し直接民主主義の手法も取り入れて「見える化」しようというのが住民参加という意味だ。その内、税は国に配分させるのが良いのか、住民サービスは税や市場でしか調達できないのか等々、まさに民主主義が深まっていくことが期待される。部落解放運動の「一支部一社会的起業」という運動方針も、そう突飛なものでもないように思えてくる。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび133号より 職人がうんと身近になった靴学校
 投稿日時: 2018/03/01
「靴職人養成講座( シューカレッジおおさか)」が始まったが、これは楽しみだ。「西成製靴塾」が一年間で有料なのに対し、この講座は3ヶ月で無料だ。「皮産連」という業界団体を通じた公費が導入されているからだが、その背景には、例のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)による経済の自由化から国内産業を防御する目的がある。
 訓練期間は3ヶ月だが、講座を主催する大阪靴メーカー協同組合の加盟企業に就職し、働きながら訓練を継続していくことがこの講座の目論見だ。即戦力を求める時代なのに、業界もよく踏み込んだものだ。「靴職人」という高そうなハードルをうんと低く見せることができているのは、講座の事務局を担う´Aワーク創造館の知恵なんだろう。「就労支援」という文言を使わない気配りも透けて見える。
 その昔、阪神大震災の復興支援に「仮設工場」というものがあったことを覚えておられる読者は多いと思う。神戸のケミカルシューズも工場の中にあった。「仮設」なんて、震災という非常事態だから容認できても、職人にとってプライドが傷つくネーミングだったかもしれないが、これが功を奏した。仮設工場は、
被災企業の「避難所」であり、「操業再開準備所」であり、被災失業者の「職業訓練所」でもあったし、被災市民の「生活再建のイメトレの場」にもなった。幾重もの思いが重なっていた。後に、そこから企業組合や協同組合が生まれ、官民連携型産業振興公益法人も生まれた。余計な口を出さない行政の「絶妙の立ち位置」も光っていた。そして、神戸のケミカルシューズは今も健在だ。
 「仮設工場」、単純な発想に見えて、何とも意味深なシナリオだが、難しく言えば、「中間労働市場」と定義できると、ボクは、加藤恵正兵庫県立大学教授から聞いた。「中間」あるいは「媒介」って、被災(失業)から復興(雇用)への「上り框かまち」という意味だと理解することは、「中間的就労」が制度化までされた現在では、容易なことだろう。しかし、就労支援をはじめからインプットした労働市場に変身していく、それが中間労働市場であり、これからの成長産業だという理解はまだまだ広まっていない。ボクは、昔からそこをイメージし、製靴などの仕事を「都市生活関連産業」なんてネーミングしたり、はたまた、ビルメンテナンス業界が「新雇用産業」なんて呼称した時には、膝を叩いたりもした。
 西成製靴塾の関係者は「靴ほど引き出しの多い業種も少ない」と語っておられたが、職人が育つ製靴産業は、それだけ豊富な支援メニューを内包しているものなのに、案外と当人が気づいていなかったのかもしれない。それが発掘されていくのは、受講生もさることながら、事業者にも、「靴のまち」の住民にも喜ばれることだろう。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび132号より 「幸福」のための「耕福」
 投稿日時: 2018/02/01
 いま、大阪府の社会福祉審議会に「行政の福祉化推進検討専門部会」というものが設置され、議論が行われているが、不肖ボクも委員として参画させてもらっている。議事の模様は、大阪府のHPでも公開されている。駄洒落のようで恐縮だが、ボクは、この議論のコンセプトを「幸福のための耕福」と定義したい。つまり、福祉のめざすものは「幸」であり、それは人と人によって「耕」されるものだという定義である。
 「行政の福祉化」という大阪府の政策プロジェクトは、今から20年前にスタートしたのだが、福祉は制度(予算)によってのみ実現されるものではなく、行政が実施する事業(例えば、公園管理のような)を福祉の視点で見直すことによっても実現されるという、ネーミングの抽象性とは裏腹で、いたってシンプルな企てであった。そのシンボルが、施設管理などの行政の委託事業の契約先を決める入札制度に、障害者雇用などを加味した「総合評価入札」だった。この入札制度の運用によって、700人超の障害者の雇用が実現したのは朗報であった。
 20年それ以前から、大阪府の福祉施策は、一人暮らし高齢者支援等先駆に富んだものであった。その分、国の補助のない単独予算を必要とすることもあったので、財政と福祉の両立は懸案であった。そこで「行政の福祉化」が優位だったのは、府の予算をほとんど費やすことなく、障害者雇用など福祉施策を実現したことであり、それを裏付けたのは、行政が陥りがちであった「タテ割り」を排した部局横断のプロジェクトの設置であった。それが、ビルメンテナンス事業者など民間の創意も誘発したし、エル・チャレンジという「中間支援組織」も育てた。
 検討部会の審議は、20年も続いた価値を問い直し、よりサスティナブル(持続可能)な施策として再構築することに向けられている。その際、「行政の福祉化」というネーミングも、例えば「大阪の福祉化」などに置き換えられることになるのだろう。そこには、大都市大阪で日々惹起する新たな諸問題を、その都度の対処療法ではなく、むしろ「幸福」へのテーマとして「包容」していくことで、人間都市を紡いで行こうという問題意識がある。そして、それを耕すプレーヤーは、何よりも当事者或いは府民の自発であり、それに寄り添う中間支援組織であり、社会福祉法人や民間企業でもあり、そして多角化した行政組織である。20年の歳月は、そうした幾層ものプレーヤーを併産したのである。
 検討部会は、その提案の結語に「行政の福祉化条例(仮称)」の制定を謳うことになりそうである。いわば、大阪発の「ユニバーサル福祉条例」、「すべての人々による、すべての人々のための福祉条例」となるのだろうか。全国各自治体で制定が進む公契約条例とは少し趣を異にするかもしれないが、公正な公契約履行を定義する条例でもあると思う。もちろん、条例は自治体の法律みたいなもので、議会の可決を必要とするから、いかに、府民の共感を呼ぶかが重要となる。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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