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月刊なび136号より ボクも定年になりました
 投稿日時: 2018/06/05
 ボクも65歳になったので、5月の決算期末をもって㈱ナイス代表取締役を退任する。取締役には残留し、後任の寺嶋公典社長をバックアップする。また、薬局開設者やエル・チャレンジ代表理事はもう少し続けることにした。退任記念ということなのか、『なび』の「いい湯かげん」を収録したエッセイ集が発行された。当人の知らないサプライズだったが、「遺稿集? はたまた、物書きまがいか?」と少々戸惑いもしたが、悪い気もしない。
 振り返って、コラムを書き始めた動機は、「ボク」だった。当時、ボク達の社会運動という世界では、「ボクは・・・」の書き出しは珍しく、みんな「我々は・・・」と書き出した。だから、みんな「優等生」を装い、誤解を必要以上に恐れて、主訴を曖昧にした。その次は、「さん」だった。ボクは、一度も「安倍」と呼び捨てなかったし(「アベ」と記号化したことはあるが)、「橋下さん」と敬意を表した(市長と呼ぶのもできるだけ控えた)。とくに、仲間筋で「ハシシタ」なんてわざと読む人に、強烈な「差別の異臭」を感じた。
 別にボクの「いい湯かげん」に感化されたわけじゃないだろうが、時間軸ではボクに続いて、同じ西成の赤井隆史さん(部落解放同盟大阪府連委員長)や摺木利幸さん(地域の社会福祉法人理事長)もコラムを書き始めた。ボクは、赤井さんは肩書きと風貌(失礼!)故に、また、摺木さんは理論家で堅物(これまた失礼!)故に、コラムを書くことでうんと優しくなるとほくそ笑んだ。住吉区の社会福祉法人理事長の村田進さんのコラムに出会った時は、その自然さに驚いて、繰り返し読んで、呑みに誘った。「ですます」調でなく「である」調にしたのは、ただ紙面の節約だけが理由で、ホントは「ですます」調で書きたかった。
 「ボク」で書き出して、「さん」と対称化してみると、ものの見方が「いい加減」になって、社会運動の「方針(というもの)」が自分の中で収まりにくくなり、橋下さんや維新の「マッチョ」が気になった。前原さんの野望が頓挫し、枝野さんの立憲民主党が登場して、予期せぬ野党再編が動き出した。ご両人はそうでもないのだろうが、「取り巻き」に「いい加減さ」がないことにも戸惑った。ボクは、FB だったかコラムだったかで、その昔の「迷走する民主党」を「いまの自分」に置き換えて、だからこそ目いっぱい腐している人々がいる、そこが案外と救いだと書いたことがある。その人々は、生活困窮者とか非正規労働者とか、ニートとか、はたまた中流、中間と呼ばれたり、自称したりしているが、何とかしたい自分と何ともならない自分の間を揺れ動いていると思う。なんだ、迷走する野党って自分と同じなんだと、目と目が合った時、「お前ならどうする?」と問いかけられれば、「恋は芽生えないが、俗に言う反転攻勢が始まる。」ボクは、そう期待する。
 「いい湯かげん」も年貢の納め時に秒読み状態だが、許されるかぎり書いていこうと思った。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび135号より 都構想への対案と維新と競う新人擁立が必要
 投稿日時: 2018/05/01
 橋下徹さんが「市民の関心は低い」と評論し、安倍首相も「都構想に反対」と語って梯子を外したことから、秋の住民投票の雲行きが怪しくなってきた。時を同じくして、森友、加計、陸自日報、働き方法案等で、一強の弊害のよる不祥事が続出し、さすがの安倍内閣の支持率も急落し始めた。野党の支持率は相変わらず低迷だが、何だか激動の政局に見えてきた。一見、安倍崩壊の序曲に見えるし、大阪の維新の急落も近い、とボクの知人達は言うのだが、ここにきて、「安倍以外に総理を任せられる人はいるのか」との論調も見え始め、ボクは、「混乱去って、安倍返り」を心配している。大阪でも、「みんな弱くなって、維新の基礎体力」を警戒している。
 やっぱり、野党というか、「もう一つの選択肢」が必要なんだと思う。安倍さんは、これで憲法改正の悲願を諦めるんじゃないかとも思うが、教育無償化や消費税の先送りや労働法制等、野党の主張まで取り込んでも憲法を改正したいという熱意は、それなりに国民に浸透してきた。一方、前原vs枝野の党首選で平和や財政に係わる根本論議は見送られ、ついには民進党のほぼ三分裂に至り、一強打破の好機を見失った。その後の三つの旧民進党の話題は、お茶の間から消えて久しい。これでは「安倍返り」が心配されるはずだ。「平和のための憲法と法制度のあり方」や「新たな社会保障のための財政のあり方」の大胆な党内議論を起こすことと、差し迫った政権追及の「二兎」を追うことは、そんなに難しいことなんだろうか。
 安倍改憲に反対するのと同じように、大阪市を分割してしまう都構想とその住民投票には反対だが、大都市問題を真っ正面に取り上げた維新の功績は認めて良い。だから、ボクは、ポピュリズム批判ではなく、都構想の対案を競うべきだと思い続けてきた。都構想の二つの主訴、「ワン大阪」と「ニアイズベター」には賛成だ。府と市の統合本部設置等で「ワン大阪」、また区長の公募等で「ニアイズベター」が動き始めたのは維新の功績大だとも認める。違うのは大阪市を分割する「ワン大阪」なのか、大阪市のまま残しての「ワン大阪市」なのかであり、特別区じゃなく総合区では「ニアイズベター」はできないのかで違いである。だったら、総合区こそニアイズベター、大阪市を残したままの自治体共同でワン大阪という主張をはっきりさせて、市民に明快な選択肢を示すべきだと思うが、なかなかそうならない。
 前回の住民投票では、皮肉にも橋下人気で市民の関心が高まった分、さすがに大阪市はなくすべきじゃないという世論が僅差で競り勝った、その事実を忘れるべきじゃない。今度は、橋下さんがいない分関心は低くなり、「下がる維新」と「上がらない反維新」が、まるで野球の「消化試合」のような住民投票と統一地方選挙(どっちが先かわからないが)になってしまうことが心配だ。幸いと言えば語弊があるが、維新は強い基礎体力に頼って「下げ止め」を狙うだろうから、反維新の側は、「ワン大阪市」と「総合区(市民参加)」による対案で一致し、どの党かではなく、維新と競える新人候補を各区で擁立することで「上げ幅」を広げることだと思う。そんな折、東住吉区で袈裟丸朝子さんが立候補を表明されたのは朗報だと思った。

株式会社ナイス 
冨田 一幸

月刊なび134号より 「我が事丸ごと」に想うこと
 投稿日時: 2018/04/02
 振り返って、1999年に社会福祉の基礎構造改革が提唱され、2000年12月には「社会的援護を要する人々への社会福祉のありかた」が発表された。その頃、大阪府は未曾有の財政危機にあったが、「まちかどデイ(介護予防)」や「行政の福祉化(施設や事業の福祉活用)」、「地域就労支援事業(雇用の中間支援)」などの改革に取り組み、功績を今日に残した。2002年の同和対策法終焉の善後策を探っていた部落解放運動は、この改革に共感し、在野で少なからぬ役割を担った。ボクもその渦中にいた一人だった。
 20年近い歳月を経た現在、厚労省は「我が事丸ごと」というフレーズで地域福祉を改正社会福祉法で再定義した。社会保障給付額が20年前のおよそ2倍にも膨れあがった国の財政事情が背景にあり、自治体や地域への「他人事」「丸投げ」という「上からの地域福祉」との懸念は拭いきれない。一方で、この20年、自治体や地域からの「下からの地域福祉」が成熟してきた紛れもない事実も背景にある。財源を置き去りにしたままの「厚労省の総務省化」であっても、この改革の機会を逃す手はない。「隣保館の再生」というリアルな目標を持った部落解放運動も、この改革にコミットしてほしいものだと願う。その渦中にいる解放運動の仲間は、多数、多分野に広がっている。
 この社会福祉改革のポイントは二つに絞られると想う。一つは、縦割り福祉を包括型福祉に変えるということなんだが、肝は「人材」だ。単体の福祉でも人材が枯渇しているのに、包括型となれば人材不足は深刻だ。ちょっと唐突だが、自治体もいつまでも「公務員」だけじゃなく「自治体職員」の登用に踏み込むべきだと思うし、社会福祉法人も「法人経営」から「地域経営」へと踏み出すことではないかと思う。NPOや社会運動もまた、「中間支援」への問題意識を広げて、どの領域が先駆をとるか競い合ってほしいものだ。
 もう一つのポイントは「住民参加」。ここでは、あれこれの方法論に先立って、「民主主義のつくり直し」が肝になると書いておきたい。民主主義とは「みんなの問題をみんなで決める」システムのことで、住民参加の原点だ。「みんなの問題」の「みんな」は「当事者性」のことで、社会福祉では「受益」のことだ。「みんなで決める」の「みんな」は「関係性」のことで、社会福祉では「負担」のことだ。そのシステムを間接民主主義に任せてきたが、国のことはともかく、身近な地域や自治体のことなら、もう少し直接民主主義の手法も取り入れて「見える化」しようというのが住民参加という意味だ。その内、税は国に配分させるのが良いのか、住民サービスは税や市場でしか調達できないのか等々、まさに民主主義が深まっていくことが期待される。部落解放運動の「一支部一社会的起業」という運動方針も、そう突飛なものでもないように思えてくる。

株式会社ナイス
冨田 一幸

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