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月刊なび103号より 一強多弱から芽生えた直接民主主義
 投稿日時: 2015/09/01
 「政治の世界の一寸先は闇」なんて言われるが、一強多弱で万全に見えた安倍内閣の支持率が急降下、「危険水域」と言われる30%割れに近づいてきたのだから、政治は怖い。ある調査によると、女性票ではすでに20%台らしい。
 橋下さんは人に任さないが、安倍さんはどちらかというと組織プレーをする人、なのに肝心の身内からの足引っ張りが目立つ。「海外での軍事活動に核兵器を輸送できる」(中谷防衛相)、「法的安定性は関係ない」(磯崎首相補佐官)、「戦争へ行きたくないというのは超利己的」(武藤衆院議員)等々。岩手県知事選挙では、劣勢必至の推薦候補の立候補断念という異例の措置に出たが、これには驚いた。安保論戦から逃げただけでなく、復興論戦を犠牲にしたことになる。陣頭指揮は谷垣幹事長なのか、菅官房長官なのかわからないが、後で倍返しの打撃を受けることになる大失敗だったと思う。安保に懲りすぎの安倍さんを、野田聖子さんが「少子化対策も大事」と皮肉ったとも報道されている。SEALDs という学生団体のことを「デモに参加すれば就職できなくなる」とネットで発信した時代錯誤の自民党地方議員もいたらしい。
 公明党のお家事情も大変だ。安保法案への無批判的追随に、さすがに創価学会内部から批判が噴出しているらしい。自民党も「嫌な感じ」だが、大阪都構想の住民投票での対応も然りで、公明党が自民党の尻にくっついて右往左往する様は、ホント「嫌な感じ」だ。創価学会や公明党には、戦争については理屈じゃなく「嫌だ」という頑なさがあり、信仰を別にする人々からは、何かと頑ななところが好きになれないが、この戦争は嫌だという頑なさが救いになっていると思われてきた。何だか、昔々、「自社さ政権」なんてできたのは良いが、それで社会党が消えてしまった歴史を思い出す。土井たか子さんも、ダメなものはダメだった。
 一強多弱に押されて、尻軽く安保法案を出した安倍さんだが、一強な分どうしても持って行き様が横柄になった。一強なんだから党内論戦を見せれば良いのに、一強な分反対論を言いにくい雰囲気をつくってしまった。公明党も堅い組織な分、組織内民主主義をおろそかにしたし、失礼だが堅い分、東京派、関西派みたいな抗争もあるようだ。
 変な話だが、「一強に救われた」。SEALDs のデモでは、ひきこもっていた若者も「声を出した」そうだ。選挙は間接的だから、これは「直接民主主義」というのだろうか、久しぶりの感覚だ。8月30日は国会前に10万人、全国でも100 万人のデモが呼びかけられている。もちろん、この拙文の発行はその後になるが、『なび』もデモする予定だ。行くところないけど、行きたいと思ってる人を水先案内する「デモなび」だ。

(株)ナイス代表取締役
冨田一幸

月刊なび102号より 公募区長をやめてはいけない
 投稿日時: 2015/08/01
 大阪市で公募区長が始まって3年が経った。巷では、橋下市長が辞任を表明した以上、公募区長も12月までの消化試合にすぎないと揶揄されている。というのも、自民党や市官僚には元の職員区長に戻したいと考えている人も多いらしく、公募区長は存続さえ危ぶまれているからであろう。ボクは、一貫して公募で非職員区長に賛成であったから、橋下市長にも公募区長にも頑張ってほしいと思っている。
 ボクは、「なび」69号(2012年11月)で、臣永西成区長の①「生活保護を半減する」②「若者等失業者を公務員にする」③「西成区をきれいにする」という公募論文を紹介したが、3年経って「公約」は具現化されただろうか。振り返って、職員区長が「生活保護の半減」なんて言おうものなら、即辞任という「挑発的」な公約だったが、そうならなかったところが、公募制の良いところだった。あまりに紋切型の公約だったから、「半減」とは「地域経済に還流」させることで費用対効果を変えること。「公務員にする」とは「公共サービスを雇用産業にする」ということ。「きれいにする」とは、家庭ごみの分別回収等「環境産業でエコひいき( 橋下市長の西成区をえこひいきするにかけた)」することと、臣永区長の「アイデア」を活かすと、ボクは書いた。
 何よりも「西成特区構想」が日の目を見たのだから、臣永区長の実績は他の区長を先んじているように見える。はたしてそうか?西成特区構想を大方の区民が好意的に見ているのは間違いないと思うが、どこかで懐疑的でもあるのは、他ならぬ橋下市長の「えこひいき」という表現ではなかったか。つまり、西成区ではなくあいりん地区を「ひいき」しただけではないかという疑問だ。あいりん地区を「救済する」ために、西成区民の「必要を充足するまちづくり」を始めるという市長や区長からの発信は区民にそんなに届いていないのではないか。「区民の必要」とは、「福祉の経済への還流」や「公共サービスの雇用産業」それに「エコ( 環境) ひいき」ということではなかったのか。「あいりんのため」が西成のためになり、「西成のため」があいりんのためになるという相乗作用が期待されていたということだ。それが、橋下市長の都構想を急ぐあまりの「西成の地名は消える」発言や関係者の怪ビラになって、「なんだ、いつもの先祖返りか?」と水を差されてしまった。
 さて、「西成特区構想」を頂いた西成区はこれから、職員区長復活とともに「元の木阿弥」に戻るのか、ギアチェンジした臣永区長もしくは新しい公募区長のもとで、「西成総合区」をめざして再スタートするのか。選挙だけが民意を反映させる場とは限らない。都構想がきっかけで始めた「フォーラムにしなり」という井戸端会議の直近のテーマは「18歳選挙権」で、若い仲間も迎えて、民意を育むことにしたい。

㈱ナイス代表取締役 冨田一幸

月刊なび101号より 初心忘れず、不平等に挑戦する
 投稿日時: 2015/07/01
 『なび』は先号で100号を数えたから、この「いい湯加減」を100回も書いたことになる。創刊号で、㈱ナイスの行く末を「このまちに溶けていく」と書いたのは、社会運動を領域拡大したような社会的企業が、世のため、人のためとマッチョになるのを嫌ったからだった。このまちの塩味か酸味になりえたかは、溶けてしまって定かでないが、「初心忘れず」で行こうと思う。
 『なび』の8年余の間で一番変わったことと言えば、民主党が政権交代を果たし、失敗し、いま解党の危機に瀕していることであり、橋下さんが知事になり、市長になり、まもなく引退し、維新の党も岐路に立たされていることである。「いい湯加減」は、民主党もそうだが、橋下さんのことを誰よりも「優しく」見守ってきたが、それは終始変わることはなかった。橋下さんへの最大の賛辞が河島英五の歌詞を引用した「生意気ぐらいがちょうど良い」だった。けっきょく、二大政党も大阪改革も「見果てぬ夢」になったのは、民主党が「消費税」に、橋下さんが「大阪都構想」に幻惑されてしまったからであった。
 64兆円の社会保険料で115兆円の社会保障費を賄うというのだから、よほどの税と社会保障の改革をやらないと、財源は消費税に傾いていくが、それをやると格差を広げることになる。公正な社会を謳ったはずの民主党、しかも市民運動出身の菅直人さんが、改革もせず消費増税を選択したのだから、国民の失望は大きかった。橋下さんの大阪改革は驚異的な支持を得て、明治以来百年の統治機構の改革を謳ったのに、何故か「廃県置藩」ではなく「廃藩置県」つまり大阪市の解体に向かって、流石に大阪市民は急ブレーキを踏んだ。
 二つの政治イベントが失敗にして、眼前に広がっているのは、膨大な「格差(不平等)」である。ボクは、シーソーに擬えて、水平を保つには、下の人を押し上げるだけでなく、上の人を押し下げる力が必要と表現してきた。つまり、社会保障費を「貰う人」と「負担する人」の割合を変えないといけないのに、一人一票の民主主義はこれを許さない。民主党は闘わずして敗走し、橋下さんは闘って一敗地に塗れた。福祉の側は「中間的就労」「合理的配慮」とハードルを上げていくが、「過度の負担」とせめぎ合う。ボクには、公共サービスの「民営化」が都市生活産業の「勧業」に見え、身近な「総合区」が互助の「流域」に見えるのだが、残念なことに、橋下さんは「いい加減」な人じゃなかったし、もっと残念なことに、民主党は「しがらみ」から抜け出せなかった。
 気分は「よっこらしょ」だが、足許を見つめなおして、リトライの道を探りたい。㈱ナイスは、就労支援といい、入札改革といい、住宅事業といい、地域開発といい、ポジショニングは良いのだが、実行力、突破力が乏しいから、『なび』100号を機に奮起したいと思う。
㈱ナイス代表取締役 冨田一幸

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