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月刊なび133号より 職人がうんと身近になった靴学校
 投稿日時: 2018/03/01
「靴職人養成講座( シューカレッジおおさか)」が始まったが、これは楽しみだ。「西成製靴塾」が一年間で有料なのに対し、この講座は3ヶ月で無料だ。「皮産連」という業界団体を通じた公費が導入されているからだが、その背景には、例のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)による経済の自由化から国内産業を防御する目的がある。
 訓練期間は3ヶ月だが、講座を主催する大阪靴メーカー協同組合の加盟企業に就職し、働きながら訓練を継続していくことがこの講座の目論見だ。即戦力を求める時代なのに、業界もよく踏み込んだものだ。「靴職人」という高そうなハードルをうんと低く見せることができているのは、講座の事務局を担う´Aワーク創造館の知恵なんだろう。「就労支援」という文言を使わない気配りも透けて見える。
 その昔、阪神大震災の復興支援に「仮設工場」というものがあったことを覚えておられる読者は多いと思う。神戸のケミカルシューズも工場の中にあった。「仮設」なんて、震災という非常事態だから容認できても、職人にとってプライドが傷つくネーミングだったかもしれないが、これが功を奏した。仮設工場は、
被災企業の「避難所」であり、「操業再開準備所」であり、被災失業者の「職業訓練所」でもあったし、被災市民の「生活再建のイメトレの場」にもなった。幾重もの思いが重なっていた。後に、そこから企業組合や協同組合が生まれ、官民連携型産業振興公益法人も生まれた。余計な口を出さない行政の「絶妙の立ち位置」も光っていた。そして、神戸のケミカルシューズは今も健在だ。
 「仮設工場」、単純な発想に見えて、何とも意味深なシナリオだが、難しく言えば、「中間労働市場」と定義できると、ボクは、加藤恵正兵庫県立大学教授から聞いた。「中間」あるいは「媒介」って、被災(失業)から復興(雇用)への「上り框かまち」という意味だと理解することは、「中間的就労」が制度化までされた現在では、容易なことだろう。しかし、就労支援をはじめからインプットした労働市場に変身していく、それが中間労働市場であり、これからの成長産業だという理解はまだまだ広まっていない。ボクは、昔からそこをイメージし、製靴などの仕事を「都市生活関連産業」なんてネーミングしたり、はたまた、ビルメンテナンス業界が「新雇用産業」なんて呼称した時には、膝を叩いたりもした。
 西成製靴塾の関係者は「靴ほど引き出しの多い業種も少ない」と語っておられたが、職人が育つ製靴産業は、それだけ豊富な支援メニューを内包しているものなのに、案外と当人が気づいていなかったのかもしれない。それが発掘されていくのは、受講生もさることながら、事業者にも、「靴のまち」の住民にも喜ばれることだろう。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび132号より 「幸福」のための「耕福」
 投稿日時: 2018/02/01
 いま、大阪府の社会福祉審議会に「行政の福祉化推進検討専門部会」というものが設置され、議論が行われているが、不肖ボクも委員として参画させてもらっている。議事の模様は、大阪府のHPでも公開されている。駄洒落のようで恐縮だが、ボクは、この議論のコンセプトを「幸福のための耕福」と定義したい。つまり、福祉のめざすものは「幸」であり、それは人と人によって「耕」されるものだという定義である。
 「行政の福祉化」という大阪府の政策プロジェクトは、今から20年前にスタートしたのだが、福祉は制度(予算)によってのみ実現されるものではなく、行政が実施する事業(例えば、公園管理のような)を福祉の視点で見直すことによっても実現されるという、ネーミングの抽象性とは裏腹で、いたってシンプルな企てであった。そのシンボルが、施設管理などの行政の委託事業の契約先を決める入札制度に、障害者雇用などを加味した「総合評価入札」だった。この入札制度の運用によって、700人超の障害者の雇用が実現したのは朗報であった。
 20年それ以前から、大阪府の福祉施策は、一人暮らし高齢者支援等先駆に富んだものであった。その分、国の補助のない単独予算を必要とすることもあったので、財政と福祉の両立は懸案であった。そこで「行政の福祉化」が優位だったのは、府の予算をほとんど費やすことなく、障害者雇用など福祉施策を実現したことであり、それを裏付けたのは、行政が陥りがちであった「タテ割り」を排した部局横断のプロジェクトの設置であった。それが、ビルメンテナンス事業者など民間の創意も誘発したし、エル・チャレンジという「中間支援組織」も育てた。
 検討部会の審議は、20年も続いた価値を問い直し、よりサスティナブル(持続可能)な施策として再構築することに向けられている。その際、「行政の福祉化」というネーミングも、例えば「大阪の福祉化」などに置き換えられることになるのだろう。そこには、大都市大阪で日々惹起する新たな諸問題を、その都度の対処療法ではなく、むしろ「幸福」へのテーマとして「包容」していくことで、人間都市を紡いで行こうという問題意識がある。そして、それを耕すプレーヤーは、何よりも当事者或いは府民の自発であり、それに寄り添う中間支援組織であり、社会福祉法人や民間企業でもあり、そして多角化した行政組織である。20年の歳月は、そうした幾層ものプレーヤーを併産したのである。
 検討部会は、その提案の結語に「行政の福祉化条例(仮称)」の制定を謳うことになりそうである。いわば、大阪発の「ユニバーサル福祉条例」、「すべての人々による、すべての人々のための福祉条例」となるのだろうか。全国各自治体で制定が進む公契約条例とは少し趣を異にするかもしれないが、公正な公契約履行を定義する条例でもあると思う。もちろん、条例は自治体の法律みたいなもので、議会の可決を必要とするから、いかに、府民の共感を呼ぶかが重要となる。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび131号より どうしようもないのなら、議会を解散したら良い
 投稿日時: 2018/01/01
 新年号なのに、また政治の話と嫌われそうだが、硬直した大阪市の制度改革議論に痺れを切らして、「いい(湯)加減」を綴りたい。
 橋下市長が人気を集めたのは、大阪市政は「非効率」、原因は「しがらみ」、結果は「財政危機」と現状を率直に訴えたからだった。そして、①民営化や統廃合等「行政改革」、②区長公選等で官僚や議会や団体の「既得権抑制」、③府と市を一つにする「大阪都構想」を提案し、賛否は相半ばした。ここまでが「前期橋下改革」。ところが、橋下市長が国政との「二枚看板」を掲げると様相は一変した。①自民党まがいの「強引な政治」が目立ち、②改革の俎板に乗せられた人々が「自己革新」に頑張っても寛容でなくなり、③橋下提案で「総合区」という国の大都市制度改革の対案を引き出したのに、都構想の住民投票にこだわった。そうして、後継の吉村市長になると、維新は議会内最大会派でも、市民の中ではもう少数派になった。ここまでが「後期橋下改革」。
 とにもかくにも、もったいない。「前期橋下改革」を継承し、「後期橋下改革」を修正するだけでも大阪市は良くなるのに。つまり、①議会で維新の「取りすぎ(その分マッチョになった)」を修正し、新しい改革志向の議員を増やす、②せっかくの改革機運を活かして議会・市職員・市民等関係者の創意を引き出す、③せめて総合区に軟着陸し、市民の政治参加の道を拓く、それで良いとボクは思う。なのに、そうは問屋が卸さない。理由は、①総合区の可否も、住民投票の可否も現在の議員が決める、②反維新の議員が前期橋下改革さえ誉めないものだから維新も譲らない、③議会がそんな偏狭な対立に終始しているから、市職員や市民活動等も率直に意見を出しにくくなっている、それが現状だと思う。こんなんだったら、議会は一回解散したら良い。橋下改革に○か×か△か、特別区か総合区か今のままか、それぞれ三択で立場をはっきりさせて市民に問うたら良い、乱暴を承知でそう思う。そうしない(できない)なら、議会で総合区の可否を決し、特別区を住民投票にかけるしかなくなるではないか。
 ボクはご察しの通り、橋下改革に△で、総合区が良いという意見なんだが、いま選挙があっても、選べる候補者がいないのではないかと心配している。ならばと、特別区も「今のまま」も論者は多いけど、総合区の論者は少ないから、「自治フォーラムおおさか」(武直樹議員等が主宰)という小さな会合(武議員には失礼?)に通い、総合区で何が変わるか(変えられるか)を勉強し、時々発信もしている。ボクが橋下さんに△なのも、総合区賛成も△みたいなもので、「いい加減」だと思われるかもしれない。しかし、○か×かに分けたがる世の中、意外と△という道は王道だと、障害者の就労支援の実例を通して、三宅嘉美さん(一般社団法人Me2)に教わった。以来、「△思考」に心がけてきた。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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