ブランコート

都市型デザイナーズマンション

ガラシャ

ガラシャ

アジールコート

なにわ筋と鶴見橋商店街の結節点

ガラシャ

ガラシャ

月刊なび165号より カモン! コモン(共同)
 投稿日時: 2020/10/30
 ロングセラーになると橋下徹本さえ抜くのではないか。斎藤幸平著『人新世の資本論』が売れている。「人新世」は「ひとしんせい」と読み、人間の経済活動が地球の運命を変えてしまう環境危機の時代という意味だ。「資本論」は一五〇年程前のマルクスの著作名。斎藤さんは地球と人類を救う理論を『資本論』に遡ったわけだ。
 ボク達の時代には、資本主義は労働者階級を搾取するというテーゼをマルクスから読み取ってきた。しかし、斉藤さんは老マルクスの未開の文書から、資本主義が地球環境まで搾取することを見抜いていたと読み解く。そうなると話が違ってくる。経済成長は良いことで、資本主義の後には社会主義が来るという楽観は吹っ飛ぶ。資本主義はそのうち地球を破壊してしまう。根こそぎの開発に走った経済成長の結果、人々は大洪水や飢餓に脅え、支配層だけはシェルターに立て篭って暴力を振う。封建社会(封建資本主義)に逆戻りだ。今は封建社会への黄昏時なのか、コロナ禍もある種の環境破壊が遠因で、自宅=シェルターにステイホームできる人に、そうできない人が危険を承知でウーバーの宅配で奉仕するという支配構造が見えてくる。そんな危機からの活路はあるのか。
 ところで先日、視覚障がい者で唯一参院議員を務めた堀利和さんの著作を読み、討論もした。資本主義は労働力さえ商品にする「特殊な経済」で、自由平等のスローガンも健常者の平均的労働能力に基づく不等価交換(障がい者排除)を容認する限定的なものだ。自由平等は人類の進化の過程で形質として獲得された「共生の遺伝子」に始祖があり、その遺伝子が利己や利他に傾くのは社会環境に因るのであって、「あくまでユートピアだ」と断わりつつも、堀さんは「利他を醸し出す共同労働のイマジン」が必要だと喝破された。
 斉藤さんは危機からの活路を「エコ社会主義」という政治形態と「コモン」という経済形態に求めている。エコ社会主義とSDGsのような装飾的なものではなく、地球環境保全へのラディカルな社会運動だと言い切る。コモンは公共の市民による共同管理と理解すべきか。実は、ボクは斉藤さんに、公共サービス等の管理は、再公営化でも民営化でもない「(市)民営化」が良いと質問したことがある。ミーハーだが「〈市民〉営化」という表現を斎藤本に見つけて、ちょっとニヤけた。資本主義には地球も人類も守れない。国家(社会主義)に任せても大失敗した。資本主義に替わる社会動態を「コモン」と名づけて人間が共同して管理する。そのコモンの方法が〈市民〉営化というわけだ。
 コモンは難解だから市民営化をまず想像したら良い。もう30年やってる西成の毎日型配食サービスは、企業でも役所でもなくボランティアが始めて、今は社会福祉法人が引き継ぎ経営している。これが市民営化。一方、話は大きくなるが、いま注目のコロナのワクチンなんか、地球市民で共有する仕組みができたらどんなに素晴らしいか、これがコモン。実践は難しくても、分かりやすくないかなぁ。

月刊なび164号より 可決でも否決でも
 投稿日時: 2020/09/28
 住民投票の日時は11月1日と決まった。各種の世論調査はどれも賛成優位と報じている。賛成理由では「二重行政解消」「大胆な改革必要」が6割強を占め、この10年の市民の改革支持が根強いことを示した。知事・市長の支持率も驚異的に高く、「バーチャル都構想」も支持されている。コロナ禍でのインバウンドの激減やメトロの減収で成長戦略の見直しが迫られているが、世論調査での賛成理由の「経済成長につながる」は20%弱しかなく、改革と成長は「別物」と市民は見ているようだ。そもそも合区一つでも行政機構の変更は厳しい抵抗に遭うのが常だが、大阪市廃止という荒業にもかかわらず、5年前の否決でも僅差にまで迫った。5年経ても改革志向は衰えていないどころか、むしろ増えている。ある意味驚きさえ感じる。
 松井市長は直近、未就学児への5万円コロナ給付(一人親家庭にはさらに5万円)を発表したが、共産党は「大阪市の財力があってこそ」「住民投票への利益誘導」と突き放した。実際は、維新が教育への財政配分を進めてきた政策の延長線上の措置だと、市民は歓迎している。話は半世紀前まで飛ぶが、イタリア共産党のトリアッティが発信元であった「構造改革」(社会党で江田三郎が提唱し、社会主義協会向坂派が潰したそれ)というものが、日本ではいかに根づいていないかを示すやりとりに見えた。部落解放運動史では「奈良本・井上論争」も構造改革論争だったが、あらためて現代の参考になると、谷元昭信さん(『冬枯れの光景――部落解放運動への黙示的考察』という近著がある)が解説してくれた。ともかく、松井市長と共産党のやり取りは、都構想反対派は「今のままで良い」という旧守に拝跪し、市民の改革志向を最初から最後まで汲
みとれていないことを物語っていた。
 ボクは始めから、橋下改革は民主党政権に至った改革志向を引き継ぐもので、都市機構改革議論も歴史的必然と思ってきた。だから、都構想が大阪市廃止にまで至らぬように、闊達な論争が展開され、「暫定(仮想)都構想」から「修正都構想(総合区)」へと軟着陸していくことが良い、それしかないし、そうなれば良い改革になると期待し続けてきた。実際そのチャンスは何度かあった。しかし、自民党や共産党や市役所OBは何とも頑なだった(民主系は自滅していた)。さすがに公明党も痺れを切らしてしまった。結局、この10年「都構想の対案は廃案」というだけで、何の対案も示さないという驚くべき対応(論争からの逃亡)を繰り返して、選挙に負けに負けて、維新だけに民主主義の手続きを踏ませてきた。公務員OB等の現場からの実に的確な都構想検証も、残念なことに只々維新批判に埋没させられてしまった。
 ラグビーには「ノーサイド」という締め括りがある。政治も「僅差の民意」を引き受けなければならない。可決となっても、コロナ禍での成長戦略の見直しは必至だし、特別区への分権議論は不完全燃焼のままだ。否決となったら、議会は「継続都構想」を今度こそ示さなければならない。ただ、どう転んでも、大阪市民は貴重な経験を刻んだことに変わりはない。

月刊なび163号より 障がい者自死事件は残念だった
 投稿日時: 2020/08/31
 平野区の市営住宅で知的障がい者の成人が自死した。住宅自治会の当番制班長を自信がないと断った際、理由となった障がいの状況を書かされ回覧されたことにショックを受け、苦悶し自死に至ったとのこと。遺族が住宅自治会等を相手取り2500万円の損害賠償を求めて提訴したことでニュースになった。「班長を務められない理由(障がい)を書かせ、回覧する」こんな方法しかなかったのだろうか、ホントに残念でならない。
 障害者差別解消法(2016年施行)は、「不当な差別的取扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」を定め、支援措置を規定している。法に照らせば、住民役員及び同席していたとされる社会福祉協議会の関係者の行為は「不当な差別的取扱い」にあたる。住宅自治会は任意団体であるとはいえ、このような抗争(コンフリクト)は想定されたものである以上、設置者の大阪市、平野区と、そこから管
理を任せられている住宅管理事業者の「合理的配慮の不提供」も裁判で争われることになる。8月10日時点では、大阪市は沈黙し、取材も拒否しているが、これは良くない。大阪府は「障害を理由とする差別の解消の推進に関する条例(2018年施行)」で、こうした抗争を想定して「広域支援相談員」の配置を定めているが、話し合いに同席した関係者がそれにあたるのか定かでない。
 「どこの住宅自治会でも、いや町会でも役員のなり手がなくて困っている。当番制班長まで自由意志だとなると、自治は成立しないではないか」という反論、住宅役員側への同情の声もあろうが、差別的取扱いの免罪にはならない。むしろ、コロナ禍でも指摘されている「同調圧力」も影響して、「社会全体が不寛容」になっているのではないかと反省されるべきだと思う。自死した障がい者は、頑なに班長就任を拒否したのではなく、行政や社会福祉にも相談し、助言を乞うていたように思われる。想像でしかないが、この種の抗争も伴う社会的体験は彼にとって未知のもので、そこでの取扱いは想像を超えた冷徹さだったのではなかったのか。
 さて、にしなり隣保館(ゆ〜とあい)は、民設置民営だが、同和対策事業時代からの公営住宅自治運営を引き継ぐ数少ない「地域自治支援の非営利民間組織」だ。さっそく、寺本良弘館長は事件の調査に乗り出し、自らの組織の再検証も実施されておられた。障害者差別解消法や一連の法制度はどれほど深められてきたか? 住宅自治会運営の難しさにどれほど付き合ってきたか? 大阪市は来年度から住宅管理を民営化して、民間事業者に管理を委託することになるが、ただの効率化になりはしないか? 心配の種は尽きないことだろう。
 にしなり隣保館も交流する部落解放同盟大阪府連は、公営住宅の自治や管理に精通する稀有な団体だ。行政責任を免罪するわけではないが、公営住宅等での自治のあり方には非営利社会活動の役割が大きいと期待する。大阪府や大阪市が沈黙しているのは、まさかとは思うが、コロナ対策や都構想の住民投票対策に忙しいからではあるまいか。そうであるなら、困ったことだと思う。

« 1 2 (3) 4 5 6 ... 56 »
_