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月刊なび130号より 衆院選挙も終わって
 投稿日時: 2017/12/28
 衆院選挙が終わった。最初は安倍さん(大義なき解散)に、途中からは小池さん(排除発言)に振り回された選挙だった。結果、与党が漁夫の利で前回並みの議席を確保したが、立憲民主党にもお裾分けが回った。
 ご近所での選挙話で俎まないた板に乗ったテーマは三つあった。一つは、「小選挙区制ってオセロみたいだね」という話。得票差では与党劣勢の選挙区も多かったのに、議席数は与党圧勝だったから、確かにオセロだった。小池さんの「笑って排除」は痛恨だったが、なかったらなかったで「野合」と誹られていた。枝野さんが「まっとうな政治」と割って入っても当選者は少数だった。制度が悪いのか、野党が悪いのか、ご近所の意見も割れた。話は飛ぶが、大阪市が総合区になったら、西成、住吉、住之江の市議定数は13となり、中選挙区から大選挙区に代わる。既成政党以外の候補者も出やすくなるから、案外と民意に近く
なるかもしれない。制度と政党、選挙も一考の時だと感じた。
 二つ目は、「政治って堂々巡りだね」という話。安倍さんが憲法改正を手柄にしたいのは嫌だが、自衛隊を認知して制御するのは必要なことだというのが、ご近所の意見。社会保障は欲しいが、増税は嫌ではもう前には行けないじゃないか、というのもご近所の意見。あれやこれや論争するのは良いけど、もうボチボチまとまれないのか、ご近所の皆さんは、少々焦れていると感じた。
 三つ目は、「国と地方、同じ政治なのに距離があるね」という話。大阪市が幼児教育保育の無償化を先駆けたのは「良くやった」とご近所の評判は良いが、維新候補が「ボクの小遣いもこんだけ」と例に挙げて、「身を切る改革」で財源は捻出できると演説していたと聞いて、「小っちゃ」と皆が笑った。選挙が終わって舌の根も乾かぬうちに、自民党は教育無償化でも認可外保育所は対象外と言い出して、SNS が沸いている。教育無償化は地方に任せて、税源を自治体に移譲するのが良いと、何故維新は言わなかったんだろう。話はまた飛ぶが、大阪市は総合区に保育所認可の権限を委譲するとの案が示されているから、これは良いことだと思った。
 さて、選挙が終わって、安倍さんが息を吹き返した。戦後(戦後民主主義)をちゃんと省みて、憲法も社会保障も地方分権も再構築してみる、そのために安倍一強を止める、それが今回の選挙のテーマだと思ってきたから、困ったことになった。そんな折、教育無償化は、総論では各党一致し、国地方共通の課題でもある。認可外保育所も含めて「貧困」というより「多様性」への教育無償化として、あるいは税源の地方移譲のテーマとして、まさに戦後民主主義を問い直す、絶好の政策課題だと思うが、今度こそ、安倍一強を止めて、実りある政策論争を演じてくれないだろうか。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび129号より 「選手と観客」を超えるのが公務員改革と思ってきたが
 投稿日時: 2017/11/01
 元々、小泉政権時代の竹中平蔵さんが流した風説だと思うが「公務員は多すぎるし、賃金は高すぎる」を土台に、橋下さんのおおさか維新は、無駄をなくす行政改革の象徴として公務員を叩き、見事に「ふわぁっとした民意」を掴んだ。戦い済んで何とやら、日本の公務員数はOECD(経済協力開発機構)平均をうんと下回るほど少ない。相対的に賃金は高かったが、大阪が象徴するように、今では随分引き下げられた。そのためか、大阪は教員も思うように採用できず、人材はよそに流れている等々、何だか真逆の「公務員少ない説」が目立ってきたように思う。ボクは、公務員改革に共感した一人だが、多いとか少ないとか、そんな議論じゃなかったはずだと思う。橋下さんはシャープでスピーディな政治家だったが、清涼飲料水みたいなもので、喉元過ぎれば忘れてしまう。そんな風にあの改革を終わらせられたらたまったもんじゃないと思うから、もう一度この問題をおさらいしておこうと思う。
 橋下さんが、公務員問題で、口は悪いが的を射ていたのは、一つは、例えば家庭ごみの回収や地下鉄など、公務員でない方が効率的だし持続性がある業務を、漫然と維持するのではなく改革するという方針だった。ボクは賛成で、問題はその移行のやり方だと思っていた。二つは、時代に合わせて公務員の配置を変える、その場合、非公務員でも良いという方針で、ボクはこれも賛成で、就労支援などの新しい課題に対応すべきだと思っていた。だが、前述の教員の例のような失敗もあった。三つは、これが一番重要だと思ったんだが、公務員と市民の関係を「選手と観客」の関係から改革することだった。公募校長、公募区長や西成特区構想には、そうした意欲が感じられた。好き嫌いは別にして、橋下時代に大阪市のNPO等の市民活動は活発化したと思う。
 ところで、橋下さんが去ったいま、改革はどうなった? 初心は貫徹してほしいものだが、家庭ごみの民営化の熱意は吉村市長には感じられなくなった。改革には失敗もあって、例えば韓国でもいったん民営化・非正規化に偏ったソウル市の職員を正規職員にした。大阪市も非公務員職員や委託職員を正規職員にし、教員の待遇を改善して戦力アップを図ることは、改革の失敗というより改革の継続だとボクは思う。
 さて、「選手と観客」の関係からの脱却はむしろ逆回りしているように見える。都構想にこだわり過ぎて、「選挙(で選ぶ)に勝る民意(参加)はない」としつこいほど繰り返され、市民はただの観客からは一皮むけたかもしれないが、「投票権を持った観客」に過ぎなくなった。だから、いま、特別区か総合区か、はたまた今のままか、議会の議論も市民に打てど響かない。プロセスに関心を示さず、結果にだけコミットする、それが住民投票ややり直し選挙の悪弊だったら、橋下さんは罪なことをした。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび128号より 市大調査とボク達の90年白書
 投稿日時: 2017/09/29
 いま、ちょっとした話題になっている大阪市大による大阪市生活保護者ビッグデータ解析(以下「市大調査」と略す)報告書を見ながら、ボクは、27年前の「1990年西成地区生活白書」(以下「90年白書」と略す)を編集した記憶を重ね合わせた。元々は、大阪府による同和地区実態調査で、分析も大阪府がやってくれたのだが、ボク達はそれに満足できず、西成地区分を抜き出し、憑かれたように無謀な作業に相当な時間を費やした。その訳は、当時、同和対策という手法に行き詰まり感を覚え、「老朽密集市街地再開発」というオルタナティブ(もう一つの)を温め、その進路を確かめたいという思いからだった。
 その無謀な作業でボク達が探り当てた「定住性の高いはずの同和地区人口の2割が流出入する現象」と「同和住宅や老朽賃貸住宅を舞台にした貧困と困難の一方通行現象」は、後のまちづくり活動に随分役立つことになった。それは、市大調査の「福祉マグネットとトランポリン仮説」にも通底している。学問的仮説の持ち合わせなどなかったが、ボク達の調査への反応は早かった。松岡徹さん(当時市会議員)は、同和住宅での「事故(不正)入居」を住民自ら検証是正し、応能応益家賃まで提案した。一方で、老朽賃貸住宅の共同建替事業を発案、全国で初めての家賃助成制度を国に働きかけた。住宅改良事業の継続事業への住民参加も発案した。そして、ボク達は、高齢者、障害者、母子父子家庭、在日コリアン、失業者、健康等々、立て続けに住民独自の調査を実施し、その一方で、在宅介護地域ネットワークや毎日型配食サービス、障害者の就労支援事業、高齢者生きがい労働事業団、自立就労支援事業(後の大阪府地域就労支援事業の原型)等の住民主導の新規事業を次々と実践していった。
 市大調査は、半年を区切りにした福祉(生活保護)マグネット(引き寄せ)機能率を、男性で19.8%、女性で10.6%と数値化し、同時に、良くも悪くも受給期間は短く、それだけの人々が大阪市の福祉を舞台に「往還している」と報告している。また、2010年に激増した生活保護の「その他世帯(高齢者、障害者、傷病者、母子家庭でない)」へのトランポリン(福祉から就労へ)機能率は、「単身その他」で20.1%で、平野区41.9%、東淀川区39.1%など地域差も顕著だが、効果を確信するまでの結果は得られなかったと報告している。
 ボクは、90年白書の同和住宅と賃貸住宅を福祉(生活保護)に置き換え、数値化されにくい往還する人々の「貧困を包含する困難」と、それでも、西成地区で障害者や在日コリアン等を少なからず「定住化」に導いた「まちづくり(オルタナティブな福祉や新しい互助)」のあれこれを想像した。そして、大都市の密集市街地問題にヒットしながら、その後のまちづくりがラセン階段だったことを省みた。ボクが、いま、総合区分権等大都市制度に強い関心を持っている理由に、そんな振り返りがある。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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