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月刊なび132号より 「幸福」のための「耕福」
 投稿日時: 2018/02/01
 いま、大阪府の社会福祉審議会に「行政の福祉化推進検討専門部会」というものが設置され、議論が行われているが、不肖ボクも委員として参画させてもらっている。議事の模様は、大阪府のHPでも公開されている。駄洒落のようで恐縮だが、ボクは、この議論のコンセプトを「幸福のための耕福」と定義したい。つまり、福祉のめざすものは「幸」であり、それは人と人によって「耕」されるものだという定義である。
 「行政の福祉化」という大阪府の政策プロジェクトは、今から20年前にスタートしたのだが、福祉は制度(予算)によってのみ実現されるものではなく、行政が実施する事業(例えば、公園管理のような)を福祉の視点で見直すことによっても実現されるという、ネーミングの抽象性とは裏腹で、いたってシンプルな企てであった。そのシンボルが、施設管理などの行政の委託事業の契約先を決める入札制度に、障害者雇用などを加味した「総合評価入札」だった。この入札制度の運用によって、700人超の障害者の雇用が実現したのは朗報であった。
 20年それ以前から、大阪府の福祉施策は、一人暮らし高齢者支援等先駆に富んだものであった。その分、国の補助のない単独予算を必要とすることもあったので、財政と福祉の両立は懸案であった。そこで「行政の福祉化」が優位だったのは、府の予算をほとんど費やすことなく、障害者雇用など福祉施策を実現したことであり、それを裏付けたのは、行政が陥りがちであった「タテ割り」を排した部局横断のプロジェクトの設置であった。それが、ビルメンテナンス事業者など民間の創意も誘発したし、エル・チャレンジという「中間支援組織」も育てた。
 検討部会の審議は、20年も続いた価値を問い直し、よりサスティナブル(持続可能)な施策として再構築することに向けられている。その際、「行政の福祉化」というネーミングも、例えば「大阪の福祉化」などに置き換えられることになるのだろう。そこには、大都市大阪で日々惹起する新たな諸問題を、その都度の対処療法ではなく、むしろ「幸福」へのテーマとして「包容」していくことで、人間都市を紡いで行こうという問題意識がある。そして、それを耕すプレーヤーは、何よりも当事者或いは府民の自発であり、それに寄り添う中間支援組織であり、社会福祉法人や民間企業でもあり、そして多角化した行政組織である。20年の歳月は、そうした幾層ものプレーヤーを併産したのである。
 検討部会は、その提案の結語に「行政の福祉化条例(仮称)」の制定を謳うことになりそうである。いわば、大阪発の「ユニバーサル福祉条例」、「すべての人々による、すべての人々のための福祉条例」となるのだろうか。全国各自治体で制定が進む公契約条例とは少し趣を異にするかもしれないが、公正な公契約履行を定義する条例でもあると思う。もちろん、条例は自治体の法律みたいなもので、議会の可決を必要とするから、いかに、府民の共感を呼ぶかが重要となる。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび131号より どうしようもないのなら、議会を解散したら良い
 投稿日時: 2018/01/01
 新年号なのに、また政治の話と嫌われそうだが、硬直した大阪市の制度改革議論に痺れを切らして、「いい(湯)加減」を綴りたい。
 橋下市長が人気を集めたのは、大阪市政は「非効率」、原因は「しがらみ」、結果は「財政危機」と現状を率直に訴えたからだった。そして、①民営化や統廃合等「行政改革」、②区長公選等で官僚や議会や団体の「既得権抑制」、③府と市を一つにする「大阪都構想」を提案し、賛否は相半ばした。ここまでが「前期橋下改革」。ところが、橋下市長が国政との「二枚看板」を掲げると様相は一変した。①自民党まがいの「強引な政治」が目立ち、②改革の俎板に乗せられた人々が「自己革新」に頑張っても寛容でなくなり、③橋下提案で「総合区」という国の大都市制度改革の対案を引き出したのに、都構想の住民投票にこだわった。そうして、後継の吉村市長になると、維新は議会内最大会派でも、市民の中ではもう少数派になった。ここまでが「後期橋下改革」。
 とにもかくにも、もったいない。「前期橋下改革」を継承し、「後期橋下改革」を修正するだけでも大阪市は良くなるのに。つまり、①議会で維新の「取りすぎ(その分マッチョになった)」を修正し、新しい改革志向の議員を増やす、②せっかくの改革機運を活かして議会・市職員・市民等関係者の創意を引き出す、③せめて総合区に軟着陸し、市民の政治参加の道を拓く、それで良いとボクは思う。なのに、そうは問屋が卸さない。理由は、①総合区の可否も、住民投票の可否も現在の議員が決める、②反維新の議員が前期橋下改革さえ誉めないものだから維新も譲らない、③議会がそんな偏狭な対立に終始しているから、市職員や市民活動等も率直に意見を出しにくくなっている、それが現状だと思う。こんなんだったら、議会は一回解散したら良い。橋下改革に○か×か△か、特別区か総合区か今のままか、それぞれ三択で立場をはっきりさせて市民に問うたら良い、乱暴を承知でそう思う。そうしない(できない)なら、議会で総合区の可否を決し、特別区を住民投票にかけるしかなくなるではないか。
 ボクはご察しの通り、橋下改革に△で、総合区が良いという意見なんだが、いま選挙があっても、選べる候補者がいないのではないかと心配している。ならばと、特別区も「今のまま」も論者は多いけど、総合区の論者は少ないから、「自治フォーラムおおさか」(武直樹議員等が主宰)という小さな会合(武議員には失礼?)に通い、総合区で何が変わるか(変えられるか)を勉強し、時々発信もしている。ボクが橋下さんに△なのも、総合区賛成も△みたいなもので、「いい加減」だと思われるかもしれない。しかし、○か×かに分けたがる世の中、意外と△という道は王道だと、障害者の就労支援の実例を通して、三宅嘉美さん(一般社団法人Me2)に教わった。以来、「△思考」に心がけてきた。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび130号より 衆院選挙も終わって
 投稿日時: 2017/12/28
 衆院選挙が終わった。最初は安倍さん(大義なき解散)に、途中からは小池さん(排除発言)に振り回された選挙だった。結果、与党が漁夫の利で前回並みの議席を確保したが、立憲民主党にもお裾分けが回った。
 ご近所での選挙話で俎まないた板に乗ったテーマは三つあった。一つは、「小選挙区制ってオセロみたいだね」という話。得票差では与党劣勢の選挙区も多かったのに、議席数は与党圧勝だったから、確かにオセロだった。小池さんの「笑って排除」は痛恨だったが、なかったらなかったで「野合」と誹られていた。枝野さんが「まっとうな政治」と割って入っても当選者は少数だった。制度が悪いのか、野党が悪いのか、ご近所の意見も割れた。話は飛ぶが、大阪市が総合区になったら、西成、住吉、住之江の市議定数は13となり、中選挙区から大選挙区に代わる。既成政党以外の候補者も出やすくなるから、案外と民意に近く
なるかもしれない。制度と政党、選挙も一考の時だと感じた。
 二つ目は、「政治って堂々巡りだね」という話。安倍さんが憲法改正を手柄にしたいのは嫌だが、自衛隊を認知して制御するのは必要なことだというのが、ご近所の意見。社会保障は欲しいが、増税は嫌ではもう前には行けないじゃないか、というのもご近所の意見。あれやこれや論争するのは良いけど、もうボチボチまとまれないのか、ご近所の皆さんは、少々焦れていると感じた。
 三つ目は、「国と地方、同じ政治なのに距離があるね」という話。大阪市が幼児教育保育の無償化を先駆けたのは「良くやった」とご近所の評判は良いが、維新候補が「ボクの小遣いもこんだけ」と例に挙げて、「身を切る改革」で財源は捻出できると演説していたと聞いて、「小っちゃ」と皆が笑った。選挙が終わって舌の根も乾かぬうちに、自民党は教育無償化でも認可外保育所は対象外と言い出して、SNS が沸いている。教育無償化は地方に任せて、税源を自治体に移譲するのが良いと、何故維新は言わなかったんだろう。話はまた飛ぶが、大阪市は総合区に保育所認可の権限を委譲するとの案が示されているから、これは良いことだと思った。
 さて、選挙が終わって、安倍さんが息を吹き返した。戦後(戦後民主主義)をちゃんと省みて、憲法も社会保障も地方分権も再構築してみる、そのために安倍一強を止める、それが今回の選挙のテーマだと思ってきたから、困ったことになった。そんな折、教育無償化は、総論では各党一致し、国地方共通の課題でもある。認可外保育所も含めて「貧困」というより「多様性」への教育無償化として、あるいは税源の地方移譲のテーマとして、まさに戦後民主主義を問い直す、絶好の政策課題だと思うが、今度こそ、安倍一強を止めて、実りある政策論争を演じてくれないだろうか。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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