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月刊なび141号より 差別する自由はない
 投稿日時: 2018/11/01
 東京都で人権条例が可決されたが、賛否あるようだ。推察するに、東京五輪開催都市として、ヘイトスピーチは防ぎたいし、世田谷区などいくつかの特別区が先行したことから、LGBTの先駆都市もアピールしたいという「五輪条例」の色が強いみたいだ。それはそれでかまわないと思う。ただ、この東京条例はヘイトとLGBTを特記した条例のようで、部落問題など他の人権課題が「など」や「すべての」で括られてしまっていることに異論が出ているようだ。人権条例とネーミングする以上当然だとも思う。可決された以上、条例を具体化することと、足らずを補うことの両面から条例が活かされていくのだと期待したい。
 さて、大阪の場合は、大阪市がヘイトスピーチ防止条例を全国に先駆けたわけだが、大阪府の松井知事は、大阪市以外に「立法事実」がないことを理由に、「府条例」は検討していない。一方、LGBTの人権について府や市はどう考えているのか、議論は聞こえてこない。「五輪条例」はいかにも機を見るに敏な小池知事だが、松井知事も「万博条例」であったってかまわない。むしろ機を活かすことだと思う。
 「立法事実」、要は具体の差別事例がないのに防止策を講じると言論や集会の自由などを制限することになりはしないかという見解なのだろう。なるほどHPなどを見ると都条例に「自由の侵害」という批判もあるようだ。他都市に惹起しているだけでは立法事実にならないというのは随分直感的見解で、「差別する自由はない」という民主主義への想像力に欠けた見解ではないか思うが、如何だろう。
 それから、ヘイトもLGBTも、例えば「婚姻は両性の合意による」などの憲法の解釈を巡って賛否があるのが実際で、「差別する自由はない」との観点から、いたずらな意見の衝突が暴走しないように、条例で人権を保障することを宣言し、具体策を講じることは有意義だと思う。これには松井知事も異論はないと思う。松井知事の盟友・橋下徹さんは最近の著書で、LGBTなど、古い価値観と真っ向から違う新しい価値観を有権者に問うていくのが野党だと言明されていて、日本維新の会の国会議員には早くから提言しているのに全く関心がないと一刀両断されていた。
 もう繰り言だが、大阪市のヘイト条例では、橋下市長が「被害者の訴訟費用の一部を市が負担する」という被害者救済措置を原案に盛り込んだが、次の吉村市長と自民党などはこれを削除した条例案で合意してしまった。そこにもここにも「差別する自由はない」という民主主義の根幹への揺らぎが見え隠れしていると思う。さて、立憲民主党はLGBT 条例に賛成か、ちゃんと発信して欲しいと思う。党を支持する弁護士さんたちには意外と「自由の侵害」論が多いから。ちょうど弁護士の亀石倫子さんが参院大阪選挙区に立候補されるが、この人の発信力は大きいと期待したい。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび140号より 障害者雇用率不正算入問題への緊急提案
 投稿日時: 2018/10/01
 官公庁に6900人の障害者が働いていると言ってたのに、3460人はウソだった。いったい、どこまで闇なのか、官庁や自治体の障害者雇用率不正算入問題は深刻だ。その直接的原因は、①深刻なコンプライアンスの欠如であり、②省庁自らが率先して共生社会を築くという意欲の欠如である。猛省とともに、原因の掘り下げが求められる問題だ。
 ただ、この問題には間接的な原因もある。③現行障害者雇用促進法では、国や自治体の行政機関は報告義務もなければ、罰則規定も適用されないために悪用されたということ。④診断書に基づく障害者認定には曖昧な点も多く、拡大解釈されたかもしれないということ。⑤専門性の高い官公庁業務にとって、「就労支援プログラム」のないままでの雇用率アップ改定は、かなりの重荷になっていたのかもしれないということ。
 同時に、今回の不正算入問題は、労働現場の実態から乖離した障害者雇用制度の「ひずみ」も遠因になっていると思われる。⑥そもそも障害者認定が手帳や診断書のみに依拠する「医療モデル」になっており、是正が求められているということ。⑦とくに自治体現場に顕著な委託など、業務の多元化が考慮されていないということ。⑧雇用率制度は義務規定(権力規定)で、雇う側と雇われる側の対等な関係に立ち返るなら、法定雇用率と同時に「共生雇用率(仮称)」とでも表現すべき双方向のユニバーサルな市場目標が必要ではないかということ、などである。
 すでに、在野では幾つかの試みが成されているが、公共及び準市場に限定して紹介してみたい。⑨大阪府等幾つかの自治体は、公共発注業務契約において障害者や就職困難者の雇用を評価点としており、雇用実績では法定雇用率の3倍まで、契約当該現場では10倍までを加点対象としている。⑩福祉現場ではいわば非課税分社会貢献という観点で、制度に拠らず職域を開拓し、手帳所持の有無にもとらわれない就労モデルを実践している。
 以上の10項目を考慮して、今回の問題への対処方策を検討したい。⑪問題の社会に与える影響を考えると、障害者等被害当事者が参画する「検証委員会」の設置が喫緊であるということ。⑫3000人を超えるとも想定される未達成分の拙速な数合わせ的雇用では、かえって「二次災害」を引き起こすと懸念されることから、国会が介在して一定の猶予期間を設定すべきであるということ。⑬その際、省庁内の就労支援計画の策定を義務付け、それを検証する「臨時的な期限法」が検討されても良いのではないかということ。⑭あわせて、手帳だけに拠らない障害者認定のあり方および「共生雇用率(仮称)」や「非公務員省庁及び自治体職員」、政策的な外部委託における雇用創出など、共生社会を築くための総合的政策目標を検討する場が用意されるべきであるということ。いずれにせよ、雨降って地固まるのでなければ詮無い事件になる。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび139号より 「自分ごと化」で政治の風景を変える
 投稿日時: 2018/09/03
 世論調査で過半が反対し、国会周辺をデモが席巻し、ネットも炎上しているのに、議会が強行採決して一丁上がり。安倍政権の風物詩になった感がある政治風景だ。橋下市長が都構想を住民投票で決するとしたのは一つの案だったかもしれないが、「強行」という悪印象はついて回った。大阪の識者にはカジノ誘致も住民投票にしたら良いなんて意見もあるが、唐突感は拭えない。直近では、吉村大阪市長が、学力テストの結果を教員のボーナスや学校予算に反映させる方針を表明され、ネット上で反対キャンペーンが盛り上がっている。市長と議会が世論に耳を傾け、こんな愚策を思いとどまってくれたら良いのだが、そうならない場合打つ手はあるのか、よくよく考えてみたい。
 そんな折、松江市の市民団体のユニークな試みが新聞で報道された。テーマは島根原発3号機の新規稼働の可否。無作為に抽出された市民による「住民協議会」を立ち上げ、原発推進と反対の専門家を招いて意見を聞いたり、市民同士の議論を深める過程を公開することで、大きな決定権を持つ首長と議会とは別の意思形成を対比させようという試みだ。何だか陪審員とか裁判員制度を想起させるが、面白い取り組みだ。この住民協議会の名称が「自分ごと化会議」だと知って、これは良いとボクは膝を叩いた。
 強行採決する側も横暴だが、反対するデモ側もエキサイトしているように見えてしまう。そこで「自分ごと化会議」だ。市民運動というのは「まず隗かいより始めよ」で、「自分ごと化」のキックオフをするのが役割。多様化した市民の意思を形成するには、政治参加という「自分ごと化」のラウンドテーブル(住民協議会)にバトンタッチするのが良い。議員は、議会と住民協議会の「複線」で丁寧な意思形成を図る役割を演じることになる。前述の「学力テスト問題」なら、市民運動が隗になり、無作為抽出で委員を選出し、様々な関係者の意見を聞き、ボーナスや学校予算への反映の可否を問うだけでなく、学力や教育向上の多様な討議を公開し、意思を形成していくということになる。
 ボクも参加している「自治フォーラムおおさか」の場で、武直樹大阪市議(無所属)も、たった一人の市民でも、A4用紙一枚で、市議会の委員会に「陳情書」、本会議に「請願書」を提出できる制度を活用してくれたら、一人会派の自分が、他会派議員へのロビー活動をして意思を形成していくと提唱されていたが、主訴は自分ごと化会議に通底している。あまり認知されていないが、大阪市が総合区に移行した場合の「総合区常任委員会」や「区政会議と自治区協議会」にも、同じような志向がある。
 まるで、暑すぎる夏のように、不快指数の高い国会、大阪市会だが、市民運動や野党の発想の転換で、ちょっとは涼しい秋を迎えたいものだ。キーワードは「自分ごと」だと思った。

月刊なび138号より 政党支持率はどう読むのだろう
 投稿日時: 2018/08/02
 報道機関などの世論調査も、最近では毎月のように発表されるから一喜一憂してしまう。最近の特徴は、高止まりだった安倍支持が低位安定になり、自民支持も30%台で揺れ幅が小さくなっているようだ。こんな数字だと、小選挙区の自民議員もおいそれと安倍降ろしに走れないだろうから、妙に安定しているさまは、トランプ現象と似ている。人気はないが顧客はしっかりしている。一方、野党第一党の立憲民主党は、調査によって数字は若干異なるが、10%前後で「横ばい」状態だ。安倍批判票をさほど取り込めていないが、新党な分だけ他の野党より新鮮に映り、安倍批判票の分散を食い止めている。5月連休前後の審議拒否も、ひとまず世論の後押しを受けたが、もう少し長引けば「ブーメラン」になる予兆があった。疑惑追及など「政局」と同時に議題に乗っていた働き方改革など「政策」を両立できないと、立憲の支持は広がらないし、そのうち分散する。そういう意味で、ここ当分、立憲から目が離せない。
 地方ごとの世論調査を目にすることは少ないが、大阪のある民間機関の調査を見せてもらって少々驚いた。自民が減らしているのは全国共通だが、大阪だけは維新が自民を上回っているのだそうだ。立憲が支持を増やしているのも全国共通だが、維新の半分にも満たないのだと言う。公明や共産は立憲よりうんと少ないが、これはあてにならない。大阪では、安倍批判の受皿は依然、維新。大阪市議選の議席が定数4か5として、自民と公明の1議席は確実。残る1〜2議席をめぐって、2つ目を狙う維新、立憲、共産がしのぎを削るという構図になりそうである。
 国政は「安倍政治」が争点で、大阪では「都構想」が争点と予想する人が多く、その場合、維新の2議席目を止めるのは立憲だとの期待が高まり始めると思う。だが、立憲がそんな構図に乗って「都構想×」を声高に叫んでも、立憲は埋没してしまうだろう。何故なら、「安倍政治を問う(政局)」ことも、「大阪の課題を問う(政策)」も中途半端に終わってしまい、せっかくの新人候補あるいは新党候補なのに、何とも「無機質な挑戦者」に見えてしまうからだ。
 では、どうしたら良いのだろうかと、ボクは考えた。一つは、都構想には総合区という対案を示し、「反対だけ」の野党から変わったことを示すこと。二つは、橋下改革はちゃんと評価するが、「決める」政治から「創る」政治の段階に入ったことを、具体案を示して提案すること。三つは、万博やカジノより「大阪の貧困と格差」の解消が優先課題であることを明確にすること。四つは、市民活動の現場の人々とつながって、「市民+立憲」で新しい市議候補者を発掘すること(その場合、党公認だけでなく推薦候補も重視する)。
 あらあら、不思議なことに、国政でも大阪市政(現議席ゼロなのに)でも、立憲民主党から目が離せなくなってしまった。とくに、新人候補をどれほど擁立できるかだ。そう思っているのは、ボクだけだろうか。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび137号より この事業がずっと続くために
 投稿日時: 2018/06/29
 5月6月は、ボクが役員を務める法人の決算理事会シーズンだった。非営利法人が大半だが、どの法人も経営環境は厳しく、持続可能な経営体制の整備がテーマとなった。随分身内の話になるが、議論の一端を紹介したい。
 国際障害者交流センターを運営するビッグ・アイ共働機構は、厚労省からの委託事業費の激減に直面し、障害者のアート支援事業を他法人との連携事業に移行した。持続性を担保するための賢明な判断だと思うが、手塩にかけた事業を手放すかの寂しさもある。㈱ナイスは、施設及びホテル管理とレストラン運営を受け持っているが、夜間の断続労働の適正化など、人件費増嵩に直面している。国の施設なんだが、「安定の中の不安定」とでも言うべき葛藤がある。ただ、このセンターは、有識者や障害当事者の事業評価システムがしっかりしているのが救いである。
 Aダッシュワーク創造館を運営する有限責任事業組合( LLP)は、大阪府と大阪市の補助金がゼロになり、国の地域職業訓練センター事業も廃止された中で、民間法人でこれを再生、10年間持続し続けている。ここの問題は、実施事業そのものは公共や民間からの単年度の委託事業で、どうしても増減があるのだが、土地と施設は無期限同額負担という、いわば「安定の上に不安定」が乗っかって「ねじれている」ことである。それなら、大阪市有の土地、国譲渡の施設でないところで事業をやったら良かったのにと言われるが、Aダッシュという20 年来の施設は利用者に熟知されたポテンシャルがあった。そこに「新たな公共」を試みたのがLLPだった。
 障害者雇用の事業協同組合エル・チャレンジの関連3法人の理事会は、相対的に「穏やか」だったが、ここでも持続可能性が議題となった。ここの特徴は自治体からの随意契約による就労支援の受託と、雇用先を確保するための総合評価入札(それを担保している大阪府の「行政の福祉化」施策)にあるが、これを大阪府社会福祉審議会から「行政の福祉化の条例化」で持続可能なシステムにすべきという提言をいただいたのは朗報であった。問題は、府議会の合意に至るかである。いわば「安定のための挑戦」の時を迎えているのだから、穏やかでも緊張感が走った。
 ㈱ナイスの課題は、ある意味身の丈以上の住宅建設融資を受けているのだが、それは「甲斐性」で良いのだが、その分返済の利子負担が重荷になっている。まちづくり会社なのに、新たな事業展開が停滞している遠因にもなっている。㈱ナイスの進路に係わる、いわば「安定のための脱皮」を構想する時だと思う。
 4社4様の課題を抱えた理事会を終え、ボクは、㈱ナイスの代表を辞した。それぞれの法人が持続可能な事業体へと発展できるか、その動向から目が離せない。

株式会社ナイス 
冨田 一幸

月刊なび136号より ボクも定年になりました
 投稿日時: 2018/06/05
 ボクも65歳になったので、5月の決算期末をもって㈱ナイス代表取締役を退任する。取締役には残留し、後任の寺嶋公典社長をバックアップする。また、薬局開設者やエル・チャレンジ代表理事はもう少し続けることにした。退任記念ということなのか、『なび』の「いい湯かげん」を収録したエッセイ集が発行された。当人の知らないサプライズだったが、「遺稿集? はたまた、物書きまがいか?」と少々戸惑いもしたが、悪い気もしない。
 振り返って、コラムを書き始めた動機は、「ボク」だった。当時、ボク達の社会運動という世界では、「ボクは・・・」の書き出しは珍しく、みんな「我々は・・・」と書き出した。だから、みんな「優等生」を装い、誤解を必要以上に恐れて、主訴を曖昧にした。その次は、「さん」だった。ボクは、一度も「安倍」と呼び捨てなかったし(「アベ」と記号化したことはあるが)、「橋下さん」と敬意を表した(市長と呼ぶのもできるだけ控えた)。とくに、仲間筋で「ハシシタ」なんてわざと読む人に、強烈な「差別の異臭」を感じた。
 別にボクの「いい湯かげん」に感化されたわけじゃないだろうが、時間軸ではボクに続いて、同じ西成の赤井隆史さん(部落解放同盟大阪府連委員長)や摺木利幸さん(地域の社会福祉法人理事長)もコラムを書き始めた。ボクは、赤井さんは肩書きと風貌(失礼!)故に、また、摺木さんは理論家で堅物(これまた失礼!)故に、コラムを書くことでうんと優しくなるとほくそ笑んだ。住吉区の社会福祉法人理事長の村田進さんのコラムに出会った時は、その自然さに驚いて、繰り返し読んで、呑みに誘った。「ですます」調でなく「である」調にしたのは、ただ紙面の節約だけが理由で、ホントは「ですます」調で書きたかった。
 「ボク」で書き出して、「さん」と対称化してみると、ものの見方が「いい加減」になって、社会運動の「方針(というもの)」が自分の中で収まりにくくなり、橋下さんや維新の「マッチョ」が気になった。前原さんの野望が頓挫し、枝野さんの立憲民主党が登場して、予期せぬ野党再編が動き出した。ご両人はそうでもないのだろうが、「取り巻き」に「いい加減さ」がないことにも戸惑った。ボクは、FB だったかコラムだったかで、その昔の「迷走する民主党」を「いまの自分」に置き換えて、だからこそ目いっぱい腐している人々がいる、そこが案外と救いだと書いたことがある。その人々は、生活困窮者とか非正規労働者とか、ニートとか、はたまた中流、中間と呼ばれたり、自称したりしているが、何とかしたい自分と何ともならない自分の間を揺れ動いていると思う。なんだ、迷走する野党って自分と同じなんだと、目と目が合った時、「お前ならどうする?」と問いかけられれば、「恋は芽生えないが、俗に言う反転攻勢が始まる。」ボクは、そう期待する。
 「いい湯かげん」も年貢の納め時に秒読み状態だが、許されるかぎり書いていこうと思った。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび135号より 都構想への対案と維新と競う新人擁立が必要
 投稿日時: 2018/05/01
 橋下徹さんが「市民の関心は低い」と評論し、安倍首相も「都構想に反対」と語って梯子を外したことから、秋の住民投票の雲行きが怪しくなってきた。時を同じくして、森友、加計、陸自日報、働き方法案等で、一強の弊害のよる不祥事が続出し、さすがの安倍内閣の支持率も急落し始めた。野党の支持率は相変わらず低迷だが、何だか激動の政局に見えてきた。一見、安倍崩壊の序曲に見えるし、大阪の維新の急落も近い、とボクの知人達は言うのだが、ここにきて、「安倍以外に総理を任せられる人はいるのか」との論調も見え始め、ボクは、「混乱去って、安倍返り」を心配している。大阪でも、「みんな弱くなって、維新の基礎体力」を警戒している。
 やっぱり、野党というか、「もう一つの選択肢」が必要なんだと思う。安倍さんは、これで憲法改正の悲願を諦めるんじゃないかとも思うが、教育無償化や消費税の先送りや労働法制等、野党の主張まで取り込んでも憲法を改正したいという熱意は、それなりに国民に浸透してきた。一方、前原vs枝野の党首選で平和や財政に係わる根本論議は見送られ、ついには民進党のほぼ三分裂に至り、一強打破の好機を見失った。その後の三つの旧民進党の話題は、お茶の間から消えて久しい。これでは「安倍返り」が心配されるはずだ。「平和のための憲法と法制度のあり方」や「新たな社会保障のための財政のあり方」の大胆な党内議論を起こすことと、差し迫った政権追及の「二兎」を追うことは、そんなに難しいことなんだろうか。
 安倍改憲に反対するのと同じように、大阪市を分割してしまう都構想とその住民投票には反対だが、大都市問題を真っ正面に取り上げた維新の功績は認めて良い。だから、ボクは、ポピュリズム批判ではなく、都構想の対案を競うべきだと思い続けてきた。都構想の二つの主訴、「ワン大阪」と「ニアイズベター」には賛成だ。府と市の統合本部設置等で「ワン大阪」、また区長の公募等で「ニアイズベター」が動き始めたのは維新の功績大だとも認める。違うのは大阪市を分割する「ワン大阪」なのか、大阪市のまま残しての「ワン大阪市」なのかであり、特別区じゃなく総合区では「ニアイズベター」はできないのかで違いである。だったら、総合区こそニアイズベター、大阪市を残したままの自治体共同でワン大阪という主張をはっきりさせて、市民に明快な選択肢を示すべきだと思うが、なかなかそうならない。
 前回の住民投票では、皮肉にも橋下人気で市民の関心が高まった分、さすがに大阪市はなくすべきじゃないという世論が僅差で競り勝った、その事実を忘れるべきじゃない。今度は、橋下さんがいない分関心は低くなり、「下がる維新」と「上がらない反維新」が、まるで野球の「消化試合」のような住民投票と統一地方選挙(どっちが先かわからないが)になってしまうことが心配だ。幸いと言えば語弊があるが、維新は強い基礎体力に頼って「下げ止め」を狙うだろうから、反維新の側は、「ワン大阪市」と「総合区(市民参加)」による対案で一致し、どの党かではなく、維新と競える新人候補を各区で擁立することで「上げ幅」を広げることだと思う。そんな折、東住吉区で袈裟丸朝子さんが立候補を表明されたのは朗報だと思った。

株式会社ナイス 
冨田 一幸

月刊なび134号より 「我が事丸ごと」に想うこと
 投稿日時: 2018/04/02
 振り返って、1999年に社会福祉の基礎構造改革が提唱され、2000年12月には「社会的援護を要する人々への社会福祉のありかた」が発表された。その頃、大阪府は未曾有の財政危機にあったが、「まちかどデイ(介護予防)」や「行政の福祉化(施設や事業の福祉活用)」、「地域就労支援事業(雇用の中間支援)」などの改革に取り組み、功績を今日に残した。2002年の同和対策法終焉の善後策を探っていた部落解放運動は、この改革に共感し、在野で少なからぬ役割を担った。ボクもその渦中にいた一人だった。
 20年近い歳月を経た現在、厚労省は「我が事丸ごと」というフレーズで地域福祉を改正社会福祉法で再定義した。社会保障給付額が20年前のおよそ2倍にも膨れあがった国の財政事情が背景にあり、自治体や地域への「他人事」「丸投げ」という「上からの地域福祉」との懸念は拭いきれない。一方で、この20年、自治体や地域からの「下からの地域福祉」が成熟してきた紛れもない事実も背景にある。財源を置き去りにしたままの「厚労省の総務省化」であっても、この改革の機会を逃す手はない。「隣保館の再生」というリアルな目標を持った部落解放運動も、この改革にコミットしてほしいものだと願う。その渦中にいる解放運動の仲間は、多数、多分野に広がっている。
 この社会福祉改革のポイントは二つに絞られると想う。一つは、縦割り福祉を包括型福祉に変えるということなんだが、肝は「人材」だ。単体の福祉でも人材が枯渇しているのに、包括型となれば人材不足は深刻だ。ちょっと唐突だが、自治体もいつまでも「公務員」だけじゃなく「自治体職員」の登用に踏み込むべきだと思うし、社会福祉法人も「法人経営」から「地域経営」へと踏み出すことではないかと思う。NPOや社会運動もまた、「中間支援」への問題意識を広げて、どの領域が先駆をとるか競い合ってほしいものだ。
 もう一つのポイントは「住民参加」。ここでは、あれこれの方法論に先立って、「民主主義のつくり直し」が肝になると書いておきたい。民主主義とは「みんなの問題をみんなで決める」システムのことで、住民参加の原点だ。「みんなの問題」の「みんな」は「当事者性」のことで、社会福祉では「受益」のことだ。「みんなで決める」の「みんな」は「関係性」のことで、社会福祉では「負担」のことだ。そのシステムを間接民主主義に任せてきたが、国のことはともかく、身近な地域や自治体のことなら、もう少し直接民主主義の手法も取り入れて「見える化」しようというのが住民参加という意味だ。その内、税は国に配分させるのが良いのか、住民サービスは税や市場でしか調達できないのか等々、まさに民主主義が深まっていくことが期待される。部落解放運動の「一支部一社会的起業」という運動方針も、そう突飛なものでもないように思えてくる。

株式会社ナイス
冨田 一幸

月刊なび133号より 職人がうんと身近になった靴学校
 投稿日時: 2018/03/01
「靴職人養成講座( シューカレッジおおさか)」が始まったが、これは楽しみだ。「西成製靴塾」が一年間で有料なのに対し、この講座は3ヶ月で無料だ。「皮産連」という業界団体を通じた公費が導入されているからだが、その背景には、例のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)による経済の自由化から国内産業を防御する目的がある。
 訓練期間は3ヶ月だが、講座を主催する大阪靴メーカー協同組合の加盟企業に就職し、働きながら訓練を継続していくことがこの講座の目論見だ。即戦力を求める時代なのに、業界もよく踏み込んだものだ。「靴職人」という高そうなハードルをうんと低く見せることができているのは、講座の事務局を担う´Aワーク創造館の知恵なんだろう。「就労支援」という文言を使わない気配りも透けて見える。
 その昔、阪神大震災の復興支援に「仮設工場」というものがあったことを覚えておられる読者は多いと思う。神戸のケミカルシューズも工場の中にあった。「仮設」なんて、震災という非常事態だから容認できても、職人にとってプライドが傷つくネーミングだったかもしれないが、これが功を奏した。仮設工場は、
被災企業の「避難所」であり、「操業再開準備所」であり、被災失業者の「職業訓練所」でもあったし、被災市民の「生活再建のイメトレの場」にもなった。幾重もの思いが重なっていた。後に、そこから企業組合や協同組合が生まれ、官民連携型産業振興公益法人も生まれた。余計な口を出さない行政の「絶妙の立ち位置」も光っていた。そして、神戸のケミカルシューズは今も健在だ。
 「仮設工場」、単純な発想に見えて、何とも意味深なシナリオだが、難しく言えば、「中間労働市場」と定義できると、ボクは、加藤恵正兵庫県立大学教授から聞いた。「中間」あるいは「媒介」って、被災(失業)から復興(雇用)への「上り框かまち」という意味だと理解することは、「中間的就労」が制度化までされた現在では、容易なことだろう。しかし、就労支援をはじめからインプットした労働市場に変身していく、それが中間労働市場であり、これからの成長産業だという理解はまだまだ広まっていない。ボクは、昔からそこをイメージし、製靴などの仕事を「都市生活関連産業」なんてネーミングしたり、はたまた、ビルメンテナンス業界が「新雇用産業」なんて呼称した時には、膝を叩いたりもした。
 西成製靴塾の関係者は「靴ほど引き出しの多い業種も少ない」と語っておられたが、職人が育つ製靴産業は、それだけ豊富な支援メニューを内包しているものなのに、案外と当人が気づいていなかったのかもしれない。それが発掘されていくのは、受講生もさることながら、事業者にも、「靴のまち」の住民にも喜ばれることだろう。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび132号より 「幸福」のための「耕福」
 投稿日時: 2018/02/01
 いま、大阪府の社会福祉審議会に「行政の福祉化推進検討専門部会」というものが設置され、議論が行われているが、不肖ボクも委員として参画させてもらっている。議事の模様は、大阪府のHPでも公開されている。駄洒落のようで恐縮だが、ボクは、この議論のコンセプトを「幸福のための耕福」と定義したい。つまり、福祉のめざすものは「幸」であり、それは人と人によって「耕」されるものだという定義である。
 「行政の福祉化」という大阪府の政策プロジェクトは、今から20年前にスタートしたのだが、福祉は制度(予算)によってのみ実現されるものではなく、行政が実施する事業(例えば、公園管理のような)を福祉の視点で見直すことによっても実現されるという、ネーミングの抽象性とは裏腹で、いたってシンプルな企てであった。そのシンボルが、施設管理などの行政の委託事業の契約先を決める入札制度に、障害者雇用などを加味した「総合評価入札」だった。この入札制度の運用によって、700人超の障害者の雇用が実現したのは朗報であった。
 20年それ以前から、大阪府の福祉施策は、一人暮らし高齢者支援等先駆に富んだものであった。その分、国の補助のない単独予算を必要とすることもあったので、財政と福祉の両立は懸案であった。そこで「行政の福祉化」が優位だったのは、府の予算をほとんど費やすことなく、障害者雇用など福祉施策を実現したことであり、それを裏付けたのは、行政が陥りがちであった「タテ割り」を排した部局横断のプロジェクトの設置であった。それが、ビルメンテナンス事業者など民間の創意も誘発したし、エル・チャレンジという「中間支援組織」も育てた。
 検討部会の審議は、20年も続いた価値を問い直し、よりサスティナブル(持続可能)な施策として再構築することに向けられている。その際、「行政の福祉化」というネーミングも、例えば「大阪の福祉化」などに置き換えられることになるのだろう。そこには、大都市大阪で日々惹起する新たな諸問題を、その都度の対処療法ではなく、むしろ「幸福」へのテーマとして「包容」していくことで、人間都市を紡いで行こうという問題意識がある。そして、それを耕すプレーヤーは、何よりも当事者或いは府民の自発であり、それに寄り添う中間支援組織であり、社会福祉法人や民間企業でもあり、そして多角化した行政組織である。20年の歳月は、そうした幾層ものプレーヤーを併産したのである。
 検討部会は、その提案の結語に「行政の福祉化条例(仮称)」の制定を謳うことになりそうである。いわば、大阪発の「ユニバーサル福祉条例」、「すべての人々による、すべての人々のための福祉条例」となるのだろうか。全国各自治体で制定が進む公契約条例とは少し趣を異にするかもしれないが、公正な公契約履行を定義する条例でもあると思う。もちろん、条例は自治体の法律みたいなもので、議会の可決を必要とするから、いかに、府民の共感を呼ぶかが重要となる。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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