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月刊なび174号より 差別企業DHCを許さない
 投稿日時: 2021/09/01
 コロナ禍の折、市民運動による「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください」という署名運動が取り組まれた。なかなか粋なネーミングなのは東京発だからか。厚労省も案外と好意的な対応だったと聴いた。

 元々、民法が血縁関係者の相互扶養義務を定めていることから、生活保護制度の運用に持ち込まれて来たのが扶養照会だ。やむを得ないとも思われがちだが、部落問題など人権侵害の常套となってきた、悪名高き身元調査を思わせる所作でしかない。ご本人は血縁者との軋轢に怯え、照会する自治体職員にとっても煩雑さこの上もない。結果、ご本人が泣き寝入りし、最後のセーフティネットの社会保障は作動しない。そして、国民の間には生活保護への差別が沈澱してしまう。まさに百害あって一利なしだ。

 近年になって、DVや虐待被害者の事例、20年以上血縁者と音信不通の人、70歳以上の高齢者の場合には照会をしなくても良いと、運用が緩和されてきた。当たり前だ。コロナ禍で迅速さを求められることから柔軟な対応をしても良いと厚労省も言い出したようだ。いまの厚労大臣は田村憲久さんだが、ソーシャルファーム議連会長だったし、労働者協同組合法成立にも尽力された。市民運動にフレンドリーだとも伝え聞いた。この大臣の時、コロナ禍の時こそ、諸悪の根源扶養照会を辞める時ではないか。

 さて、自治体の立ち振る舞いだ。そりゃ国が悪いし、動かない政治が悪い。自治体は身元調査の如き所作をやむなくやらされている。だが、「もうやりたくない、やらない」と腹を括っても良いではないか。

 話はもう30年も前だが、法律そのものが知的障がい者を「知恵遅れ」「精神薄弱者」と差別呼称で定義していた。それを社会運動団体の交渉の席上で、大阪府は、府先行で公文書から差別呼称を変えると国に通告すると宣言し、新聞記事にもなった。間もなく、法が変わった。その時宣言した担当課長は、府に出向してきていた国の若い官僚さんだった。母子家庭への児童扶養手当が18歳誕生月で打ち切られていた事案でも、改善なくば、府が代替給付すると啖呵を切って、ついに改善させた。啖呵を切ったのは府の福祉部次長で、直前まで芦原橋の今はなき総合福祉センターの館長さんだった。ボク達は「児童扶養手当を18歳誕生月で打ち切らないでください大阪連絡会議」という長い名前の運動団体を立ち上げて行動していた。

 社会運動にも役割があり、自治体にも自ずと我慢にも限界があるというものだ。野党だってそうだ。ホームレス支援法成立に動いたのは、当時の民主党で、発源地は西成だった。連合大阪の労働者が野宿生活者の聴き取り調査に動いた。動けば変わる時だと思う。大阪が動く時だとも思う。

月刊なび174号より 差別企業DHCを許さない
 投稿日時: 2021/08/02
DHCという大手化粧品会社の会長が複数回、公の媒体でヘイト発言を繰り返し、度重なる抗議にも謝罪さえしないという事件が起こり、部落解放同盟大阪府連も取り組んでいる。けしからん企業だが、DHCが全国の幾つかの自治体と包括連携協定を結んでいて、協定を取りやめる自治体も出始めている。この包括連携協定と人権の関係をどう理解すべきかについて考えてみたい。

 言葉の一つ一つを解析してみる。「包括」とは、例えば公共施設の清掃業務などの事業ごとに競争入札によって企業と契約してきたのを、施設丸ごと「まとめて」運営を任すという意味で、指定管理者制度などのかたちで契約されている。「連携」とは、政策決定者は自治体、政策実行者は民間企業という通常の自治体契約における垂直的な関係に対して、政策決定段階から企業のアイデアを取り入れるなど、より水平的な関係を意味し、PFIやPPPなどの方式が試みられている。「協定」とは、両者を強く縛る契約とは違って、自治体と企業が継続的・安定的関係を結ぶという意味である。

 維新がトップになって、大阪府・市は、いわゆる民営化の手法として、こうした包括連携協定を広範囲で検討し、実施もしている。全国の自治体でも同様の試みがなされてきたが、それは理に適ったことだった。ところが、そのパートナーが重大な人権侵害を行なったのである。通常の契約だったら、契約解除とか入札参加資格の喪失とかの処分が取り決められている。しかし、互いを強く縛らない協定では多分、細部を決めることの弊害を避けて、詳細には決めていないのだろう。

 だからと言って「こんなこともあるから民営化は危険だ」とか、はたまた「大同小異」なんて議論は乱暴だ。DHC事件はあまりに露骨だから、協定を締結している自治体は、協定を凍結或いは破棄するのが良いと思う。また、大阪市など広範囲に協定を結んでいる自治体は、この事件を他山の石として、協定の締結過程及び進行管理に関する条例を制定し、市民の参画を促すべきだと思う。

 大手企業のDHCはコンビニなどとも契約しており、民民契約のあり方も注目されている。国連は「ビジネスと人権に関する指導原則」で、取引関係によって生じる負の影響にも、是正に向けて関与すべきと勧告している。ちょうど、障がい者差別解消法が改正され、「合理的配慮」は公的機関だけででなく、民間企業にも義務として課せられたところである。むしろ、民間企業の側も、フェアトレードなくして経済活動なしという立場から、自治体条例を働きかけることが必要だ。さてさて、ではどんな自治体条例になるのか。「三方よし」の条例制定へ、ハートフル条例を手がかりに考えてみたい。

 もう一つ、DHCはとても強気で、昨今の挑発的差別煽動と同根であり、はたまた創建百年の中国共産党のように人権上の説得を干渉、「いじめ」と一蹴するかの如きだ。その点も深掘りしたいものだ。

月刊なび173号より 三たび「黒い手袋」のこと
 投稿日時: 2021/07/02
 1968年のメキシコ五輪の陸上男子200Mの表彰式のことを、ずっと前の『湯かげん』で二度書いた。一度目は、金メダルのトミー・スミスと銅メダルのジョン・カーロスの米国黒人選手が、黒い手袋を着けた握り拳を星条旗に突きつけて五輪村から追放された。高校生だったボクは、その光景を鮮明に覚えていると書いた。二度目は、銀メダルのピーター・ノーマンという豪州の白人選手も、実は、黒人選手に連帯の意思を表す「人権バッジ」を着けて表彰台に立っていた。彼は豪州のアボリジニ差別を黒人差別になぞらえていたことを後に知ったと書いた。
 そして、つい最近の毎日新聞で、また新しいことを知った。1936年のベルリン五輪男子マラソンの金メダルは孫ソンギジョン基禎で、銅メダルは南ナムスンニョン昇竜だった。彼らは朝鮮人でありながら侵略国の日の丸をつけさせられた。この時の模様は『民族の祭典』という記録映画に収められていて、二人は表彰台で日章旗を見上げずに「うつむいた」。孫は月桂樹の鉢植えで胸の日の丸も隠した。実は、メキシコ五輪の米国黒人選手は、その孫と南の態度を参考にして行動したと証言していたそうなのだ。それは初めて知った。高校生のボクの見たあのメキシコの光景の背後には、ボク達の国の過去があったのだとわかったのは少なからぬ衝撃だった。だから、三たび『湯かげん』に書くことにした。
 
 85年前のヒトラー賛美のベルリン五輪で、恐怖と闘いながらも二人の朝鮮人選手は日の丸に傅かしずかなかった。その思いが連なるように、53年前のメキシコで、二人の黒人選手と一人の白人選手は、母国の差別に、自らへの迫害覚悟で抗議の意思を表した。後に見た写真では、悲運の人生を送った豪州の白人選手の葬儀に駆けつけた二人の黒人選手が、その柩を担いでいた。毎日新聞記事は、1964年の東京五輪男子マラソン銅メダルの円谷幸吉選手の遺書と、ベルリン五輪女子800M銀メダルの人見絹枝選手の遺した言葉を紹介し、国と勝敗に翻弄された悲運も書いていた。五輪の歴史はいつも表と裏の二つのドラマを繰り返し、そこに差別との闘いがあった。忘れてはならないことだ。
 さて、この拙文が読者の目にとまる頃には、東京オリパラは開催直前なのだろうか、それとも中止もしくは延期が発表されているのだろうか。よもや、あのベルリン五輪のような異様で不気味な興奮の渦の中にあることはないだろう。菅総理がヒトラーになってはいないだろう。それはないだろう、そう思う。しかし、会場の内外で、あるいは選手団のあちこちで、うつむいたり、拳をかざしたり、皆が思い思いに、オリパラの無理強いに地団駄を踏んでいる光景が目に浮かんでしまう。世界は確かに変わらなければならない、コロナ禍はそう忠告している。その現実を東京オリパラで覆い隠してはいけない、そう思う。ましてや、東京はベルリンであってはならない。菅総理はヒトラーであってはならない。ちょっと大袈裟な書き振りになってしまった。

月刊なび172号より もうがまんができない人から救済を
 投稿日時: 2021/06/01
 ボクは大の陸上ファンなので五輪テスト大会(5月9日)のTV中継に見入っていたが、桐生(男子短距離)と新谷(女子長距離)の大失敗には驚いた。ネットによると、会場の外で五輪中止を求めるデモが起こっていた。多少は関係しただろうが、何より、決断しない政治が元凶だと腹立った。コロナと五輪の二兎を追うことを、ボクも期待してきたが、やはり失敗だった。中止の判断の責任は大変だろうが、できもしないことを言い続ける政治は、もはや邪魔でさえある。

 コロナと経済、どちらも命に直結する難問、敢えて二兎を追ったのは、大阪府の司令塔吉村知事だった。ボクもそうだろうと是認したが、これも失敗だった。パンデミックの対処は「がまん」だった。ワクチンの普及で免疫を持つまでの約2年間、どれだけ市民にがまんを強いることができるかが政治の使命だったが、この確信が揺らいだ。「経済は大打撃を受けるが、命には代えられない」。吉村知事はそう言い続けるべきだった。住民投票を断念していたら、それが起点になったはずだが、あれほど惰性を戒めた維新も惰性に流れた。決断には想像以上の勇気が求められたとは思うが。

 「がまん」には「はげまし」が必要なのは自明だ。休業や給与の補償について政府は曲がりなりにもよくやってきたとは思うが、長期戦対応と補償から排除された非正規雇用等への遡及措置は不完全なままだ。国会が強行した罰則付きのコロナ特措法は、多くの自治体の長が「適用せず」と冷静だったことに救われている。

 地元の身近なところでは、感染の危険と向き合う医療現場や、創設20年ほどの若い法人が多い社会福祉法人などのがんばりは称賛に値する。今でこそ西成には市営住宅居住者が多いが、半世紀前はそうではなかった。老朽住宅の密集市街地のままだったら、西成の感染状況は悲惨だったはずだ。公立の解放会館に代わって民営のにしなり隣保館が残ったのも幸運だった。社会福祉法人や隣保館があってのことと、関係者の努力には頭が下がる。

 こんな市民の「がまん」を「日本人特有の同調意識」と評論するのはあまりに浅薄だ。政治や行政が今もっとも優先すべき課題は、がまんやがんばりが限界に来ている市民の救済だ。ここがボクの主訴だ。自殺のおそれがある人、生活体力と制度体力が弱い母子家庭、社会生活に未熟な若者、人権が脅かされそうな人々、そして、長期戦を担う医療福祉関係者への支援が急務だ。詳しく書けないが想像して欲しい。

 処方箋の一つは、身近な生活圏やネット空間に相談窓口の設置と相談員の確保、医療福祉現場への助っ人の派遣だ。ワクチン接種を終えた人たちに協力してもらえないのか、若者や母子家庭の親への優先接種は無理なのか。もう一つは、金銭及び住居の提供だ。緊急生活資金や一時的借り上げ公営住宅は法制化・条例化できないのか。さらにコロナ差別防止条例の制定もある。差別防止に金はかからないから話は早いはず。部落解放同盟大阪府連の提案に吉村知事は耳を傾けるべきだ。

月刊なび171号より 祝! エスペランサ靴学院芦原橋移設
 投稿日時: 2021/04/30
 新聞報道のとおり、この4月、業界では著名なエスペランサ靴学院が浪速区のAダッシュワーク創造館内に開設され、授業を開始した。開設というよりは移設で、東京の浅草で半世紀も頑張っておられたものが、経営難で事業断念となるところを、学院卒業生の大山一哲さんの発案、Aダッシュの高見一夫館長の協力で、大阪移設が実現した。

 製靴業は浪速や西成の同和地区とその周辺の地場産業で、ルーツは江戸時代から靴の原材料である皮革の一大集積地であった旧渡辺村という被差別部落である。当然、部落解放運動は同和対策法の力も借りて皮革業や製靴業の振興に努めた。大阪皮革産業会館(大国町)の建設も同和対策法によるものだったが、この会館もすでにない。地元選出の辻洋二、吉田信太郎、松岡徹各市議は皮革産業振興に熱心で、ボクもその市議らや西成区玉出にあった関西製靴株式会社の片岡常年社長など業界関係者らと一緒に、TQ(関税割当)制度問題で政府や国会議員への要請行動のために上京した。一九九〇年前後のことだった。

 日本の製靴業は明治以降と歴史が浅く、どうしてもイタリアなど本場の後塵を拝しており、また、中国などには安価な製品の大量輸入で突き上げられていた。ガット・ウルグアイ・ラウンドでの靴の貿易自由化の圧力も高まっていた。そこで、自由化に対して、国内産業保護(ボク達からすると部落産業の振興)という観点で、関税の維持と技術革新や人材確保などの産業振興政策、すなわちTQ制度を求めたのである。それは至極当然のことだった。

 その後、西成のまちづくり運動の中から、靴職人育成のための西成製靴塾が設立されたのは一九九九年、靴職人の故井村義清さんなどが奔走された。この塾は、長橋小学校の空き教室から始まり、いまは鶴見橋商店街に居を構え、22年で約二〇〇人の卒業生を送り出してきた。塾への行政補助金は一切なく、無認可だがいわば社会的企業として持続してきた。そこに、近場へのエスペランサ靴学院の移設は朗報だ。一九九九年はエル・チャレンジの創設やNPO釜ヶ崎支援機構の設立の年でもある。この頃、ボク達は、行政補助金にも頼らない、営利企業でもない「新しい発想」に胸を膨らませていた。

 エスペランサ靴学院は、靴づくりの技術だけでなく、経営学やマーケティング、SNSを利用したセルフプロデュースの方法なども学べるらしく時代の先端を走る。そこに、Aダッシュの就労支援やコミュニティビジネス支援のノウハウというバックアップが加われば、期待は膨らむ。西成製靴塾も小学校の空き教室から「小さく産まれた」。伝統あるエスペランサ靴学院もAダッシュワーク創造館の一室から「小さく始まる」。社会的企業って何かと問われれば、欲しい商品やサービスを“働きたい人”でつくるということ。当然、欲しい人が少ないと通常の市場では手に入らないから、何らかのしかけが必要だ。働きたくても事情があって働けていない人にも何らかの仕掛けが必要となる。その仕掛けに苦心惨憺するのが社会的企業ということだ。小さく始まって、大きく育って欲しいものだ。

月刊なび170号より エッセンシャル最賃なんてありか
 投稿日時: 2021/04/01
 イチローがいたマリナーズ球団がある米国シアトル市議会は、今年1月から最低賃金を15ドル(日本円で時給1600円)に段階的に引き上げると決定し、フロリダ州でも15ドル最賃への州法改正案を求める住民投票が可決した。「Fightfor15(15への挑戦)運動」と称せられる市民運動が全米に広がっているという。
 日本の最賃は都道府県ごとの最賃審議会で毎年改定されるが、大阪府最賃審議会はコロナ禍を理由に据え置きを決定し、964円のまま足踏みした。府議会や市議会では議論されてないようなので、自治体は最賃遵守止まりだ。自治体選挙の公約に最賃が取り上げられたこともない。「賃金は市場や労使で決まるものだから、自治体の介入は難しい」というのが首長や議員の常識なのだろう。
 最賃は、憲法で保障された健康で文化的な生活を営むのに必要な生計費を、労使の委員と公益側委員が合議して決定する。時給1000円なら月給16万円(8時間×20日)。大阪のような都市では賃貸住宅居住者が多く家賃も高いので、家賃を8万円と仮定すると、残りの生活費は8万円程度、生活保護以下の生活水準に止まる。生活困窮者は「働き始めても、働き続けられない」つまり雇用が守れない。
 ボクは、大阪府ハートフル条例改正の審議に参画して次のことを主張した。障がい者や生活困窮者が働き続けるためには、自治体発注の公契約業務の入札が価格競争で労務単価を引き下げないようにする「総合評価入札」に加え、労務単価積算に「就労支援費」を加算すべきである、と。大阪府は予定価格の積算に労務単価の約3%を加算し、検討機関も設置した。
 自治体にやって欲しいことは三つ。一つ目は、自治体が発注する仕事の契約において、賃金や生活困窮者の雇用を担保できる労務単価の積算を弾き出し、競争入札でも単価が不当に引き下げられない仕組みを作ることだ。総合評価入札はすでに大阪府内の多くの自治体で導入されている。労務単価の積算や賃金の下限額(最賃のようなもの)を定めるには、税が原資になっているから市民の合意、共感が必要、つまり条例が有効だ。ハートフル条例が先鞭をつけたのだから、大阪市も倣ってほしい。
 二つ目は、最賃の上昇が事業者の経営を苦しめないための支援措置、生活困窮者を持続的に雇用できるための支援措置。国の制度もあるが自治体で上積みできないか。お金でなくても、ハートフル条例に盛り込まれている就労定着支援の「職場環境整備支援組織」の育成は効果的だ。
 三つ目は、コロナ禍で注目された医療・福祉など「エッセンシャルワーカー」の賃金引き上げ。ハートフル条例には「大阪の福祉化」の趣旨は盛り込まれたものの具体策はない。そこで注目されるのが「特定最賃」つまり特定産業従事者(エッセンシャルワーカー)の地域別産業別最賃だ。法では認められているが業界の過半の同意が必要だ。自治体はその過半数賛同への奨励に取り組むとともに奨励予算を計上できないものか。
 公契約での雇用と賃金、さらには「エッセンシャル最賃」を謳ったハートフル条例で府民、市民の共感を得る、そんなシアトルのような議論がコロナ後初の統一地方選挙からでも始まらないだろうか。

月刊なび169号より 市場を市民に、選挙を参加に代えてみる
 投稿日時: 2021/03/01
 「ミュニシパリズム」という言葉を教えてくれたのは谷元昭信さんだ。「地方自治体」という意味だが、その「対国家(中央)」性からさらに踏み込み「対市場(利潤)」「対政治(選挙)」を読む込む。すると、現に存在する「市場(原理)では解決できない問題」「選挙では反映されない民意」の対案として、「市民(原理)」と市民参加への自治機構改革が浮かび上がってくる。

 ミュニシパリズムの実践で有名なのはスペインのバルセロナ市だ。ボクが長らく取り組んできた公契約の入札改革や公共サービスの「市民営化」が、市を挙げて実践されていると岸道雄さん(立命館大)に紹介された。バルセロナ「市民議会」なんて試みもあると斉藤幸平さん(社会思想家)から聴いた。通常、議会は選挙で選ばれた「プロ」の議員で構成されるが、市民議会の議員は、日本の裁判員制度のように無作為で指名された「素人」によって構成される。谷元さんの知人達も島根県松江市で、反原発運動から「市民議会」による直接民主主義に挑戦している。

 ちょっと見ると維新の主張に似ていると感じたのは、ボクの「橋下贔屓」故だ。しかし、維新は市民営化ではなく「民営化」だし、市民議会のような直接民主主義ではなく、選挙至上主義だから、似て非だ。それでも大阪人に強く支持されたのは、似て非でも、市場や自治体機構は今のままではダメではないのかという漠とした志向があったからではないか。いや、橋下改革は途中駅で、その先がある。天王寺公園を「官営」から近鉄に「民営化」したのが橋下改革で、その先の「市民営化」に向かうべきだ。大阪府立住吉公園などが企業と社会的企業のJV(共同企業体)で運営されているのは先駆ではないか。都構想も問題提起は良しとして、大阪市解体ではなかろう、その先はなんだ? ボクはそう振り返っている。

 そんなことを考えていたら、部落解放同盟大阪府連の赤井委員長のコラムに出会った。赤井さんは、今年の運動の目標を①差別を法的に禁止する、②地域共生たる市民運動、③生活圏からの政治スタイル、④水平社宣言にふさわしい運動と組織を地域から再構築すると書かれていた。赤井さんもミュニシパリズムで解放運動を考えておられるのか。

 国会はコロナ特措法を改正したが、国民に罰則を課すというのだから「コロナ罰則法」で、百年前の「ハンセン病隔離法」と何ら変わらない差別法となってしまった。大阪府に対する赤井さんの「コロナ差別防止条例」提案は、罰則法の国に対抗する地方からの人権条例運動だと共感した。また、先頃、労働者協同組合法制定を実現した生協運動のリーダーは、これからの社会運動は「社会連帯運動」に脱皮すべきと語られたが、赤井さんも資本主義そのものに対抗するような「地域共生(連帯)たる市民運動」を思い描かれているみたいだ。政治はその「スタイル」を中央集権型・選挙中心(対立)型から、地域創造型・市民主導の提案型に変えるべきだとも提案されている。最後に、水平社から百年も続く当事者運動団体たる部落解放同盟を改革するとも。その趣旨は、部落民あるいは障がい者だけでなく、すべての「マイノリティ」の拠り所となれる地域組織、地域運動の創造だと解釈した。

月刊なび168号より 補償は良いが、罰則はダメ
 投稿日時: 2021/01/29
 大阪にも二度目の緊急事態宣言が発出されそうだ、コロナ特措法(以下、特措法)の改正法案も上程されそうだという時節に、この拙文を書いている。現時点での特措法改正についての野党要望は、①罰則には反対、②事業規模に応じた補償を全額国負担で、③感染者差別対策を明記する、④地域ごとに緊急事態宣言を発出できるようにする、だ。情報が錯綜して心配したが、これなら賛成だ。それにしても、なぜ「罰則」が問題になっているのか。
 緊急事態宣言とは、国民の生命が広範囲で脅かされている状態を政府が認めるということ。昨年改正された「コロナ特措法」は、緊急事態下の人権の制限事項を列記して、国民の協力を求めた。しかし、人権を制限しながら補償がないのでは、制限された人権は回復されない。そこで、特措法をさらに改正して、法による補償を明文化することになった。ボクはそう理解していた。
 一九七九年に日本も批准した国際人権規約第4条は、いついかなる時にも人権は制限されないが、人権の最大値の生命が危機に陥っている「緊急事態」の存在を国が宣言した時には、一時的・限定的に他の人権を制限してもよいと規定している。ちゃんと理解すれば、制限された人権は最大限回復されなければならないということになる。だから、特措法改正で「人権回復補償」を明記することは当然な措置で良いことだ。
 ところが、政府は補償と「罰則」をセットにすると言いだし、刑事罰は無理だから行政処分を課すとの立場らしい。一体どうしたんだろう? 緊急事態宣言を発して、国民の生命を守るために皆で行動しよう、営業の自由、働く権利が著しく制限される人々の人権回復補償も負担し合おう、そう決めるんじゃなかったのか。人権は人間の生来に起因するもので、営業や労働の自粛は、たとえ政府に要請されようとあくまで「自発」であり、強制できるものではない。一時的にせよ他人の人権の制限を許容してもらうにはその他人の同意が必要、つまり自発ということだ。営業や労働で生きていく自由と権利は何人たりとも侵すことはできない。一方、ヘイトや差別煽動に罰則があってよいのは「差別する自由はない」からだ。それは言論、表現の自由を侵すことにはならない。「差別する自由はないが、働く自由はある」、そこはまったく違う。だから、緊急事態宣言で時短や自粛を求める以上、可能な限りの補償を法律で定める、それが政治の役割で、罰則は自由や人権の侵害でしかない。
 ここまで、政府のコロナ対応はずいぶん批判されてきた。自治体の長も上げたり下げたりされてきた。だから、ここで「失地回復」のつもりなんだろうか。俄然権力的になって、国民の私権、人権を左右できるかのような錯覚に陥っているかのようだ。補償するのも罰するのも政治だとでも思っているのか。橋下徹さんはよく、国会議員は緊急事態になっても高い給料が保障されているから、国民の犠牲がまったく実感できないのだ、とちょっと過激な物言いをされるが、案外と的を射ている。ともかく、補償を定めることは画期的であるが、罰則の規定は、まったく正反対に歴史に汚点を残すことになる。

月刊なび167号より 労働者協同組合が成立
 投稿日時: 2021/01/05
 労働者協同組合法という聴き慣れない新法が国会で成立した。簡単に言えば、「雇う/雇われる」株式会社ではなく、共同で出資して共同で働く事業体にも法人格が与えられるということだ。20年以上も昔、西成のまちづくりでも、子育て中の母子家庭等のお母さんが、個々人の事情を配慮し合って働く「クリック」という事業体を立ち上げたことがあった。当時は、適合する法人格は見当たらず、毎日型配食サービスを担ってきた「西成ボランティアバンク」も法人格を持っていなかった。クリックもボランティアバンクもコンセプトは「働くことでまちづくりに貢献する」で、新法も「持続可能で活力ある地域社会に貢献する」と目的を謳っている。

 類似のNPO法では従事者の出資は認められていないし、事業項目も福祉やまちづくりなど20分野に限定されている。NPOは「市民活動」に適しているが、労働者協同組合は「市民生産」を奨励する。その代わり最低賃金などの労働法規も適用される。ウーバーイーツが若者に人気なのは「雇う/雇われる」に代わる「自由な働き方」なんだが、生産活動の全貌はまったくわからないまま一方的に失職してしまう欠点がある。その点、労働者協同組合は「民主的運営」「情報公開」を社是とするから、もっと自由に働けると期待できる。

 この労働者協同組合が地域社会に貢献すると言っても、直ちにそうなるわけではなく、地域社会の受け皿づくりが欠かせない。まずは、発想の転換が必要だ。自治体と市民の関係は、税金を納め、必要なサービスを受けることがセオリーだ。しかし、税だけでなく、地域のために働くこと、活動するという「税外」行為もセオリーに加えてみるのも良いのではないか。これからの自治体は、市民サービスが増えこそすれ減ることはない。その度に公務員を増やすのも、民営化するのも帯に短し襷に長しだ。もう一つの「自治の力」として市民活動、市民生産が注目されても良い。

 ボクは、長年、公共サービスの「(市)民営化」を提唱し、自治体の入札制度改革に取り組んできたから、自治体が変われば、「自治の力」はもっと強くなれると確信する。元々㈱ナイスも株式会社だが、市民生産事業体だ。寺嶋社長は労働者協同組合法に注目してみるのも良いと思う。いずれにせよ、「雇う/雇われる」や「税を納め、サービスを受ける」という常識からの転換を図るのは良いことだ。

 さて、都構想はもう終わった。しかし、肥大化してしまって、市場にも疎いが、市民にも遠くなった政令市としての大阪市には、やはりニア・イズ・ベターの改革が必要だ。総合区も提案されていることだし、自治と市民の関係を、市民活動、市民生産の振興という観点から考えてみるのは有意義だ。労働者協同組合法もその契機になればと思う。

月刊なび166号より 住民投票が終わった
 投稿日時: 2020/11/30
住民投票は「大阪市を廃止、特別区に四分割」することの賛否が案件だったから、これはもう「チャレンジ(革命のような)」だった。だから普通に「無謀」だった。それを5年越しに2度も挑み、直前まであわやと体感させたのだから驚嘆もしたが、実際は悪夢だった。結果は「今のまま」。
 二度の僅差に勝因敗因を探ってもあまり意味はないし重箱の隅になるから、淡々と受けとめたらよい。ボクは、住民投票にまで至らないようにするのが政治の責任で、大阪市を残したままの「総合区」で妥結するのが良いとずっと思ってきた。ここまで動かすのに維新は百の力を要したのに比べ、十の力で止められたはずの議会に算段はなく「革命」は「暴走」した。今でも、ひょっとして市長と議会が互いに反省し、総合区で急転合意、なんて微かな期待も持つが、それは夢のまた夢。以上が住民投票へのボクの感想だ。
 それはそうとして、住民投票のこぼれ話、いや「拾い話」を二つ三つ。まず外国籍市民の投票権の有無が市民運動になった。これは拾うに価値があるし、住民投票の根幹にある隠れたテーマだ。物騒な話になるが「三度目の住民投票」の動機になるかも。
 「拾い話」の二つ目は、反対の論拠の一つになった介護保険の一部事務組合化。簡単に言えば、特別区から独立した介護保険の役所を作り議会も設置すること。それでは特別区の介護は他人任せになるという危惧が出た。いっそ、一部事務組合なんて言わずに「介護は別の議会で」と発想を変えて、住民参加を構想したらどうなんだろうと夢想した。
 三つ目は、障がい者団体等から示された「特別区で福祉は下がる」という危惧。都市は多様な分、福祉が不安定になるというのなら、何らかの仕掛けがあっても良い。大阪府は「行政の福祉化」と称した障がい者雇用のハートフル条例で市場への規制を効かせてきた(民営化だけでない市民営化の視点)が、「都市福祉化条例」のようなものがあればと思った。
 四つ目は議員の定数問題。特別区議会は少数の議員で寡占化して民意から遠ざかってしまうと懸念された。これは御意で「維新は抜かった」と思った。住民投票に至った市議会は思っている以上に「手薄」なのかもしれない。現行でも、24行政区を選挙区にしなくても良いのでは? 総合区なら話は早いのだが、複数区域を選挙区に変えて定数も増やすというのは不可能なのかなと思った。
 学識者には橋下改革以来の大阪の試みを「失われた10年」「茶番劇」とまで揶揄する人もいた。豹柄服の女性に「いらんことせんといて」と言わせた政党もあった。行政精通者や学識者の意見は傾聴に値し、協定書はあまりに杜撰だったとボクも勉強になった。それでも大阪市はチャレンジしなければならないと思い続けた。次々と「拾い話」が湧いてくる住民投票の経験となった。
 以上が住民投票翌日のボクの感想だ。

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