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月刊なび125号より アベを止める処方箋はないのか
 投稿日時: 2017/06/21
 「どうやったらアベを辞めさせられるか?」依然安定した支持率を誇る安倍首相だが、巷にはそんな会話が広がっている。
 小泉純一郎、野中広務、古賀誠、山崎拓等々の自民党長老は、原発再稼働、安保法、秘密保護法、共謀罪、憲法改正等々の安倍政策を真っ向から批判されている。さらには森友、加計学園問題についても疑念を表明しておられるし、詭弁と野次とせせら笑いを繰り返す首相に「品がない」と戒めておられる。この一連の間違った「政策」を強行させているのは「1強」という「政局」であり、その背景には「小選挙区制」があるというのも、期せずして一致した見解だ。礼を失するかもしれないが、かくいう自民党長老の現職時代の責任も免れないから、「こんなはずじゃなかった」と後悔されての発言なのであろう。それは民進党や野党にも言えることだから、小沢一郎さんも動いておられるのだろう。そして、1強を創り出した政局、選挙制度が、自民党の個々の議員を拘束し、公明党の政策も歪めるという連鎖を生んでしまっているのではないか。そして、困ったことに、国民もこの政局と選挙制度によって、現状の「消極的承認」に誘導されてしまっている。それが安倍首相への高い支持率となっているわけだ。
 さて、「安倍さん」を「橋下さん」或いは「維新の会」に、「憲法改正」を「都構想」に置き換えてみると、いま大阪市政が陥っている状況に酷似している。「(大阪市は)今のままで良い」では、橋下さんのキャラクターや維新政治を評論するだけで、橋下(維新)との改革競争にはならないのと同じように、「小選挙区が元凶」では、原発や憲法という「政策」からの逃避と映る。ボクは、都構想には「参加の自治」という対案、安倍政治には「競争に代わる共生」というような対案を示して「政策を問う」こと、それが「アベを辞めさせる」方途だと思う。
 問題はその方法だ。「政策は選挙で争う」だけでは短絡ではないか、とボクは思う。だから、安保法反対を闘ったシールズの若者が「未来のための公共」という新しい市民活動を始めたことなどに強く共感する。大阪市では、都構想(特別区)に代わる対案として「総合区」が検討されているが、8区(合区)案と24区案に分散しているし、何より、教育や福祉がどう変わるのかなど、市民生活との関係はほとんど議論されていない。国と比べると大阪市は小さい。市民活動や社会運動などの様々な小さなファクターが「外国籍住民は住民投票に参加できないか」「NPO等市民活動と町会との協働はできないのか」等々、井戸端会議やSNSを活用したコミュニケーションを広げること、はたまた、総合区の政策合意を実現することで、実のある政策競争を演じることは可能ではないか。その結果如何で、都構想(大阪市の解体)は止められるし、アベ暴走を止める力にもなりうる、ボクはそう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび124号より ホームレス支援法は存続できるか
 投稿日時: 2017/06/05
 「ホームレス自立支援特別措置法」は8月に期限切れを迎えるのだが、一部の新聞報道は、「延長せずに失効する公算が大きい」と報じた。共謀罪など国会が政局にまみれ、6月の閉会までに延長の声があがらないのではないかと懸念しているようだ。そんな新聞記事が逆に功を奏して、元々15年前は超党派による議員立法だったわけで、各党が腰を上げてくれることを期待している。
 その新聞記事には、旧知の山田実さん( NPO釜ヶ崎支援機構理事長)の談話があった。「ホームレスは有史以来、迫害の対象だった。特措法によって、国が支援すべき対象だという根本原理を変えた。法律ができた後も、襲撃とか殺人事件が後を絶たない現状がある。法律がなくなったら、先祖返りし、『ホームレスは社会のゴミだ』というように逆転しかねない」と恐れている。短いながらも鋭い、やまちゃんのコメントだ。ホームレス支援法は、「迫害の歴史を支援の歴史に変える」未だ途上にあり、他法(生活困窮者自立支援法など)では補えないものがそこにある。ホームレス支援法は、何故ホームレスになったのか、どうしたらホームレスにならないかに着目し、そのための住居や仕事の確保、生活相談の実施や実態把握のための全国調査や施策実行計画の策定など、国や自治体の責務を規定したが、「迫害の歴史を終わらせる」とは書かなかった。ホームレス支援法から13年遅れて生活困窮者自立支援法が成立し、そこでは一時保護や住宅支援や就労支援が明記され、ホームレス支援法の内容を包含したものの、「迫害の歴史」に立ち入るものでもなく、その分国や自治体の責務には言及していない。やまちゃんは、政治家の良識を信じるとボクに語っていたが、土壇場でこの法が再延長されることで、「迫害の歴史を変える」営みの存続を誓った、となることを願ってやまない。
 時を同じくして、生活困窮者自立支援法は「3 年見直し」の時を迎えている。この法の肝が、「個人の尊厳」と「地域づくり」にあったことを考えれば、「アドボカシー」つまり「声になりにくい」当該相談者の権利擁護(尊厳)を、「地域づくり」のタテ糸或いはヨコ糸にしていくという問題意識が求められていると思う。ボクは、「声をあげてきた」部落差別解消法に「個人の救済」が明記されること、或いは「声になってきた」ヘイトスピーチ規制法(条例)に「被害者の救済(訴訟費用の公費支援等)」が明記されることが「呼び水」になると期待したが、そうはならなかった(ヘイト被害者支援の民間基金が大阪で設立されたのは朗報だったが)。
 ともあれ、ホームレス支援法の再延長を求める、わが西成、釜ヶ崎のやまちゃん達の政治へのコミットは、とても意義のあることであり、同じ西成区民として誇らしいと思った。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび123号より 「西成自治区」っておもしろい!
 投稿日時: 2017/04/25
 大阪市が導入を提案している総合区だが、3月の世論調査では、「都構想」33%「今のまま」46%に対し「総合区」は12%と、支持は少ない。知名度も理解度も低いのは仕方のないことで、徐々に理解が広がっていくのだろうが、市民の中には最初のボタンから誤解されている節があるから、一言申し上げたい。
 総合区は現行24区を廃止し、8つに合区するものだから、慣れ親しんだ西成区がなくなるから反対だという意見がある。そうじゃなくて、24区が「地域自治区」にバージョンアップするのが総合区だ。西成区は「西成自治区」となり、そこに今の区政会議が名称を「西成地域協議会」と変えて再設置される(同名の区政会議は総合区に設置される)。この地域協議会には、区民各界各位から委員が選出され、自治区長も選任され、総合区長への意見具申の権利も与えられるから、今以上に区民が市政に参加できることになる。だから、バージョンアップなのである。総合区は地域自治区を束ねる形で8区設置され、西成は住吉、住之江と一緒に「○○(総合)区」となる。頓智問答みたいだが、区と区を「合(併する)区」というより、区はそのままで「総合(する)区」なのである。
 だから、「一番人気」の「今のまま」が良いという市民にとっても、24区が自治区として残るという意味では「今のまま」なんだから、一考に値する総合区案だと思う。今の24区のまま総合区になれば良いという穿った意見もあるが、それは総合区じゃない。公務員や議員にお任せの市政ではなく、市民が観客から選手になるぐらい参加していくことで、もっと必要な市民サービスを創り出していこう、その財源つまり税負担のことも理解しあっていこうという点では、関、平松、橋下、吉村歴代市長の意見にそんなに隔たりはなかった。それほど市民の関心も高まったので、橋下市長が「特別区(都構想)」を住民投票にかけたが、僅差で否決されたので、次の案として総合区が登場したわけだ。
 さらに、総合区の知られざる点は、小学校区を単位にした「地域活動協議会」が設置されることだ。今の「地活協」と見た目は同じだが、行政主導の現在の行政区と違って、市民参加の総合区―地域自治区―地域協議会とつながるわけで、最も身近な小学校区から市政に参加する道筋が敷かれることになる。今宮や萩ノ茶屋では、「エリアマネジメント協議会」と称して既に先行しているから、そんなに突拍子なことでもない。
 さて、最後に、総合区で言う「住民(市民)」とは、住む人、働く人、活動する個人及び団体のことで、外国籍住民も包摂する、そう理解しあいたい。駄洒落じゃないが、総合区とは「総合力を集める」ためでもあるのだ。いろんな人が集まるから摩擦も事件も起こるという心配もあるかもしれないが、いろんな人を認め合えれば、知恵も力も出てくるという面もある。総合区は大阪市の成長戦略にもなると言えば言いすぎかな?

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび122号より 共同浴場の存亡の危機
 投稿日時: 2017/03/24
 皆が貧しかった西成の被差別部落で、部落解放運動主導の共同浴場(文化温泉)が落成したのは1955年で、いわば「民設民営」だった。しばらくして同和対策事業が始まって、「公設民営」の共同浴場は三つに増え、地域内の8つの純民間の銭湯にも入浴費助成が付いた。ところが、2002年に同対法が終結すると、入浴費助成は全廃され、共同浴場は無償貸与されたが有期限となり、廃業時には更地にして返還することが義務付けられた。
 西成の部落解放運動は、廃業か存続か判断を迫られたがNPOを創り、市から貸与を受け、「くらし組合」で高齢者等利用者の受け皿を創り、11の銭湯と通常より100円安い「組合料金」を設け、銭湯離れを防いだ。若くて比較的所得の高い人は流出し、高齢者や困難を抱えた人々が滞留、流入、再流入する西成特有の「一方通行現象」を逆手に取った妙案で、「このまちでは60歳になると風呂代が安くなる」と評判にもなった。
 それから15年、地域の人々も、また銭湯の建物も齢よわいを重ねた。大阪市の人口は「まだら現象」で増減したが、西成の被差別部落では減少の一途を辿った。結果、三つの共同浴場の内一つは廃業に至り、建物の解体除去費用の工面に奔走している。残りの二つも、利用者の減少を食い止めて健闘しているが、増えることはない。建物は時と共に修繕費を膨らませ続けており、繰り言のようだが、公の支援があったがために「オーバーストア」気味の建物になっている分、修繕費に跳ね返った。収入は増えないのに、支出は増え続ける悪循環に陥っている。
 施設の複合利用や複合施設化で収入増を図るべく市に要望を繰り返したが、門前払いだった。そして、大阪市との貸与年数と建物の耐用年数が足音を立てて近づいてきた。人口減少も加速度的に進み、小学校さえ廃校の危機を迎えるに至った。当然のように、経営側は、先行きの見えない中で修繕費用を控え気味になるし、その分利用者からの苦情も増え、間に挟まった従業員はストレスを溜めてしまっている。
 さて、去るも地獄、残るも地獄の状態から、西成の部落解放運動、社会的企業に、くらし組合に続く「二度目の妙案」は閃くのか。二つを一つにする手もあるが、解体除去費用が要る。大型施設の大規模修繕は、先行きの維持費に苦しむ。「スモール」な建物に建替えるには新築コストがかかる。廃業してしまうと地域の高齢者が悲しむ。総合区になれば、市のアタマも変わるか。「富山方式」の多機能型ワンストップ福祉はヒントにならないか。にしなり隣保館の付帯施設にすることで、多目的化施設にすることはできないものか、と苦悩は続く。
 それにしても、1950年代の地域の先達は、共同浴場建設という勇敢な計画を思い立ち、実行に移したものだ。いまさらだが、時を経て、そう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび121号より 地域自治区と総合区で大阪市が分権都市に変わる
 投稿日時: 2017/02/21
 ようやく、大阪市を残したまま都市内分権を推進する「総合区」の骨格と日程が明らかになってきた。現行24行政区を単位に「地域自治区」制度を導入、意見具申権」を付与するとともに、総合区役所とならない区役所を「支所」として存置する。行政区単位は「一般市並み(人口30万人程度)」の事務を執行する8区に合区する「総合区」を設置、総合区長に「予算提案権」と様々な行政サービス(子育て施策、道路・公園の維持管理等)の執行権を付与するとともに、議会の「総合区常任委員会」と住民参加の「区政会議」も設置する。
 日程的には、3月に総合区「区割り(8区)案」が公表され、夏には総合区の「制度案」が示される。遅くとも2018年2月には総合区設置の関連議案が議会に提案される予定だが、公明党は「遅すぎる」と注文を付けている。ともあれ、可決されると、その一年後(2019年4月)の市議・府議選挙は、総合区割りでの初めての選挙となる。
 ただ、吉村市長は、「総合区に特別区を便乗させたい」ようで、4月には「法定協議会」設置の可否を議会に問うようだ。さらに、来年2月に総合区関連議案を採決しても、秋に予定している特別区の住民投票まで凍結しておく腹づもりのようだ。維新を慮っての折衷案なんだろうが、吉村市長のかじ取りは複雑系だ。しかし、総合区への共感が広がることで、民意に従って、最後は住民投票を思いとどまってくれると期待する。
 また、合区の議論は現時点を起点とするなら拙速感は拭えないが、都構想議論を起点と考えるなら、それなりに時間をかけてきたとも言える。「合区なき24総合区」案の自民党も、これからの議会での議論を経て、「総合区を実現」で収斂してくれるものと期待する。
 裏話みたいな噂話だが、2019年4月の市議・府議選について、公明党だけが総合区区割り選挙の準備を進め、他党は現行24区選挙を想定しているそうだ。「合区なき総合区」案の自民党や、「現状維持」の共産党は当然なのかもしれないが、不思議なのは維新で、特別区の住民投票で「空白」ができるので、総合区区割り選挙に「間に合わない」との予測だそうだ。維新らしからぬ「退路を断たない」態度だ。
 橋下市長( 当時)は、2015年5月17日の住民投票を「一度きりの決断」と市民に判断を求めたが、終わってみれば、通過点(どちらかというと番外編)だった。今度こそ、ホントの決断の時だと思う。大阪市が総合区と地域自治区を併用した「分権都市」として再出発する、そのチャンスの時だ。この4月に、できることなら法定協議会設置が否決されるか、さもなくば、来年2月の総合区設置議案採決とともに、特別区住民投票が断念もしくは延期されるか、市民の意見をちゃんと表明すべき時が来る。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび120号より 他者を思いやる想像力で、新しい年を生きる
 投稿日時: 2017/01/26
 過ぐる2016年を概観して思い浮かべたのは、「空に消えていった打ち上げ花火♪」という歌詞だった。
 障害者差別解消法は「合理的配慮」を明記した画期的(花火のよう)な法律だったが、その後の盛り上がりに欠けた。軽介護を介護保険から地域事業に変えるというのは、賛否はともかく転換になると思ったが、尻すぼんだ。生活困窮者支援も期待通りには広がらず、何だか「こども食堂」へと目移りした感がある。唐突だが、米国初の女性大統領誕生かと思われたが、失速したし、わが国でも「民進党」と党名を変え、蓮舫という女性党首を迎えたのに、空回りした。ヘイト法や部落差別解消法が成立し、LGBT法やフリースクール法等も俎上に載ったが、突破力のある政治家やリーダーは見えなかった。鹿児島とくに新潟知事選では原発が争点化し、少なくとも連合という労働団体は紛糾すると思ったが、そうでもない。橋下さんが口火を切り、各党も同調した教育の無償化も一気に財源論にまで踏みこむのかと思われたが、打ち上げ花火の如くだった。
 もちろん、何事も一朝一夕に行くものではなく、新しい年に引き継がれていくとは思うのだが、この消化不良感は一体何だろう?
 一つは、万事に当事者感が薄い気がする。口幅ったいが、米国の女性たちは選挙戦略を見誤ったのではないだろうか? 与党というか、自民党というのは、世論を取り込んでしまう癖がある。やっぱり、時に意固地なほどの当事者運動を野党が掘り起こすことが、法律(仏)に魂を吹き込むのだろう。沖縄の反基地運動は、いかにも対照的だ。生活困窮者支援も支援員が当事者を代行しすぎる気がする。自治体も分権の前に、分散しがちになっているのかもしれない。
 もう一つは、他者を自分に置き換えてみる想像力が欠けている気がする。「合理的配慮」も障害者だけとみると、「配慮」という上から目線が気になるが、これを多様な人々の権利に広げて考えると、「気配り」という水平になる。原発で働く人や家族とその労働組合が葛藤するのは当たり前で、「連合は堕落した」なんて言わずに、民主主義に良い方途はないものかと、一緒に模索することが有意義ではないかと思う。
 政策に当事者性を持たせることと、他者を自分に置き換えてみる想像力、その顕著な営みを「政治」と言い、それは文学にも似ている、ボクはそう思ってきた。つまり、政治が不在な分、文学がないのと同じように無味乾燥なのだ。蓮舫さんは、二重国籍問題で出鼻を挫かれた感があるが、与党vs野党を超えた女性という目線で、すべての政策を問い直したら良い。沖縄とそれ以外、障害者とそうでない人、原発と生活者、権力とは少し違う自治体という存在も、そうした想像力によって、硬直を打破したいものだ。そんな徒然の感慨を、遅ればせの新年の抱負としたい。

株式会社ナイス 
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび119号より 部落差別解消法に思うこと
 投稿日時: 2016/12/28
 部落差別解消法が成立した。同対法から15年の法空白期に、インターネット上に部落の所在地や人名まで暴かれる差別も惹起しており、この法が抑止力になることが期待される。しかし、30年来の部落差別の禁止や救済等を求める国民運動があり、与野党問わずの真摯な議論もあったのに、あまりに省約されてしまった法案と審議だったのは残念で、モヤモヤ感が残った。
 先の通常国会では、解消法が、ヘイトスピーチ法やLGBT 法など幾つもの人権法案と一緒に提案されたことから、民進党の山尾政調会長(当時)は「政権延命、憲法改正のリスクヘッジ」と警戒を口にした。自民党の稲田政調会長(当時)は「心配し過ぎ。人権法だと憲法に抵触するから個別法にした」と反駁した。稲田さんの方に力があったが、山尾さんの指摘も間違っていなかった。
 さて、この解消法がどんな影響を与えるか、焦眉の課題である隣保館で考えてみた。法空白の15年で一千ある隣保館にも「スクラップ」の重圧がかかっているようだが、この法は、自治体の撤退への抑止力にはなりそうな気がする。一方、格差や多様化で取り組むべき地域課題が広がった隣保館を、住民参加で発展させようという「公設置民運営」の議論も起こっている。しかし、解消法は、この「ビルド」政策の追い風にはならないようで、民運営隣保館も補助対象にできる隣保館設置基準の改定には結びつきそうにない。
 法成立後、「解消法を活かすも殺すも運動次第」とやたら聞こえるが、これからの運動はどんなものだろう。まず期待されるのは被害者救済だが、「部落差別」を冠した解消法が足かせになるから、人権侵害被害者救済法に向かうのだろう。稲田さんが人権法(差別禁止法)は憲法に抵触するというのなら、いっそのこと、護憲から「人権改憲」に舵を切らなければならないのかもしれない。民進党や運動団体がそこに立ち入ったとしても、頭越しに反対する気はない。
 ここまでは部落問題の「ルールづくり」の運動で、部落問題には、もう一つの運動として「まちづくり」がある。同対法終結からの15年で、部落にもNPO や社会福祉法人ができ、多種多様な市民活動が育ち、まちづくり運動も「多元化」してきた。その分、部落間格差も生じ、運動も分散化しがちになった。「多元化」は好ましいことで水を差す気はないが、響き合う「統合(「共生」が良いか?)」のテーマは必要だと思う。水平社宣言のテーマは「人間の尊厳」で、これなら部落は勿論、社会と響き合うと確信し、「集団運動を興せるはむしろ必然」と吹っ切れた。では、いまそのテーマは何なんだろうと考えていたら、社会学者の宮本太郎さんの「社会保障から共生保障へ」という問題提起に出会った。共生保障(制度ではないところに意味がある)を求めて、一支部一社会的企業を興せるはむしろ必然、となるのか?そのうち、『なび』でも共生保障の意味を紹介してみたいと思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび118号より 「働く場」を広げるために
 投稿日時: 2016/11/22
 ボクは「ソーシャル・ファーム・ジャパン」という団体の運営委員を務めているのだが、そこの代表の炭谷茂さんは、最近、国会で「ソーシャル・ファーム法」を創るチャンスが来たと奔走されておられる。
 何故そうなったのかから話すと、いま話題の小池百合子東京都知事は「つかみ」の上手い政治家だが、環境大臣の時、環境省事務次官だった炭谷さんの提案をつかんで「ソーシャルファーム推進議員連盟」の初代代表に就かれた。そして都知事選挙でも「ソーシャル・ファーム都条例」を公約に掲げられた。小池さんの知事転出後、後継の議連代表となった田村前厚労大臣が、この法の議員立法化をめざそうとなった、というわけである。ちょっと似た話だが、静岡県富士市では「ユニバーサル就労推進議連」ができて、近く条例を市議会に上程するそうだ。
 ソーシャルファームとは何かと説明するのは難しい。「ファーム」は農場ではなく「働く場」の意味だが、通常の企業とはちょっと違う。福祉(作業所)でもないから、いわば「第三の働く場」となる。障害者など「働くことに困難を抱えた人」とそうでない人が「共に働く場」である。ユニバーサル就労というのも似た趣旨で、働くことに困難を抱えた人に働きやすい環境を提供することは、誰もが働きやすい職場になるという、いわば「支援付き就労」という意味だ。
 「実社会」というが如くで、「学ぶ(福祉)」と「働く」を別々に考えるのが日本の常識だったが、この際、発想を変えて、一体でやってみようというのがこの試みだ。「働く意欲は、働くことから」というわけで、企業と福祉の両方の常識を破ったことになる。頭を柔らかくしてみると、ありそうな話だ。要は、利益分を初めから福祉(教育)に再投資することを盛り込んでおくから、通常企業のような内部留保とか株主への配当はないわけだ。その分、財務評価は低いし、銀行からの融資とかが受けにくくなる。そこで、この法や条例はソーシャルファームに公費助成を求めるものじゃなく、認証して欲しい、ソーシャルファームというパスポートを与えて欲しいというものだ。NPO 法が非営利社会活動へのパスポートなら、ソーシャルファーム法は、利益の社会再投資型事業体へのパスポートというわけだ。
 小池都知事のことだから、都の発注事業に「東京の闇」があるのなら、いっそのことソーシャルファームに発注するなんて「つかむ」かもしれない。理に適った話じゃないか。四の五の言わずサッと通してあげたら良いじゃないか、ボクはそう思う。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび117号より さぁ、総合区が始まる!
 投稿日時: 2016/11/09
 もちろん、政治の世界の一寸先は闇なんだが、松井知事(維新代表)が、総合区を先行実施しても良いと明言し、合区についても維新(5区案)も公明(12区案)も自説に固執しないそうで、自民も総合区賛成だから、2年半後の大阪市議府議選は総合区最初の選挙となるかもしれない。仮に5区案なら市議は一区16人前後で、総合区常任委員会を構成することになり、区長は任命でも議員は選挙で選ぶわけだから、都構想を半ば実現したことになり、政令都市大阪市も存続するのだから、過日の住民投票の民意を反映した見事な着地になる。
 それなのに、マスコミの総合区の記事はシステマチックで、議論がいたって無機質なのは何故か。そんな折、鈴木亘さんが『経済学者、日本の最貧困地域に挑む』という本を出版した。鈴木さんは西成特区構想担当の大阪市特別顧問だった人だが、鈴木さんを総合区長だと想定して読むと、この本は想像力を掻き立てられて面白い。もちろん、「西成特区」は実際は「あいりん特区」という限定的な政策だったが、鈴木さんがボーリングに例えて「構想はセンターピン」と表現したように、西成区域や広く大阪市域への波及性を思い描いていた。
 廃校の危機に瀕した二つの小学校と一つの中学校を「いまみや小中一貫校」に統合したのは、その象徴だった。隣接するわが地域の二つの小学校も統廃合の危機にあるわけで、この「センターピン」の先行例は参考になる。貧困家庭への「教育バウチャー(いわば、使途の決まったクーポン)」も、福祉の発想を転換するものだった。「あいりん総合センター」というのはこの地域にしかない、住民にとってはいわば「迷惑施設」。その建替問題を地域住民が広く参加する「まちづくり会議」に丸投げするという手法も発想の転換だった。鈴木さんは、あいりん地域を「領有権の設定されていない漁場」に例えたが、地域の実際の居住者に領有権を付与して決定を委ねる手法は功を奏した。ごみ問題等都市課題へのアプローチを示唆するものだった。そして、行政と市場に対する住民側のハンディを補完するために「エリアマネジメント協議会(自治の経営体)」や「まちづくり合同会社」の設立を応援したことも、自治への「持続可能な住民参加」を示唆したものだった。
 橋下さん(前市長)はTV のコメンテーターになっても面白い人で、「そもそも自治体は歳出ばかり議論するけど、政策を実現する新たな税金を徴収できることを忘れている」とコメントしていた。たしかに、欧州の自治体は、歳出だけじゃなく歳入、つまり課税も毎年議会で決めてから徴収するから、俄然住民の関心は高まることになる。総合区は何でもできるとまでは言わないが、これまでの常識を超えていくまたとないチャンスになることは間違いない。学校の統廃合に象徴的な「縮む地域」など、いま、都市は常識を問い直さなければならない時代を生きている。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

月刊なび116号より 「地域」と「流域」を結ぶのが自治体
 投稿日時: 2016/09/21
 大阪の泉佐野市は、就労支援カレッジ事業と称して、青森県の弘前市のリンゴ園に若者を送り出している。就労経験の少ない若者等への就労支援による労働力の底上げと、農業従事者の担い手不足の解消や農業の6次産業化の促進、さらには支援が必要な社会的漂流層がいる都市部から泉佐野市、泉佐野市から弘前市への就労や移住を促進するというユニークな取り組みだ。この両市と、介護職へのシングルマザーの移住転職に取り組む島根県浜田市の三市長が呼びかけて、一般社団法人・生活困窮者自立支援全国ネットワーク内に「自治体連携推進会議」が設置されるそうだ。
 ボクは、自分でも古くから言い続けてきた「住み続けられる地域づくり」のフレーズに、途中から何となく違和感を感じ、「地域」もあるが「流域」もあるとダジャレてみた。介護を受ける高齢者は「定住」しているが、介護を提供する雇用はいま「流動化」している。介護保険は介護の社会化をもたらしたが、専門性を加算しない報酬制度が災いし、「上がらない賃金」が転職ミスマッチを引き起こし、「悪い(不利益)流動化」になっている。公共サービスも裾野を広げているが、価格偏重の競争入札による「上げられない賃金」で、せっかくの雇用創出も持続性がない。この介護や公共サービスは、広い意味では「ソーシャル・マーケット(簡単に言うと、株式会社じゃない経営体による社会益の高い生活関連産業)」と称される成長産業だ。自治体は、この成長産業の「地域」だけでなく「流域」においても重要なポジションを占めているのだが、「あまねく公平」とか「市場競争への不介入」というドグマがあって、貧困(福祉)のその先にある産業労働市場に立ち入ろうとしてこなかった。
 実は、生活困窮者自立支援法の肝は「分権」にあり、「中間的就労」は産業労働市場に橋を架けようとしたのだと思う。ボクは、夕張市を視察した時に、札幌市に転出した夕張市民が子育てNPOを起ち上げて、財政破たんと人口減少に苦しむ故郷にUターンし、夕張市が廃校となった学校を提供しているのを見て、これが始まりになったらと思った。実際、弘前市や泉佐野市や浜田市が動き出した。働いてほしいリンゴ園と働いてみたい都市の連携、札幌からソーシャル・マーケットで漕ぎ出して再び夕張に里帰りする、その交差点に自治体(自治体共同)という港があったら、どんなにありがたいものか。船には修理用ドックが必要なように、地域と流域を結ぶ就労支援(中間的就労)は欠かせない。
 「コミュニティ」を和訳するのに、「地域」だけじゃなく「流域」とも解するのは、言葉あそびが過ぎるか。自治あるいは自治体を、受益と負担の二分法で見るなんて想像力が乏しすぎるのではないか。むしろ、自治体は、消費者と生産者が重なり合った新しい事業体ではないか、そんなことを想像させる自治体連携が始まったと期待したい。

株式会社ナイス
代表取締役 冨田 一幸

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